「数馬居合伝1・2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。「~居合伝1」は天寿を全うし、「~居合伝2」は令和に戻ります。

(9)続・口入屋

口入屋の主人が言う。

「こういう稼業はいろいろありましてな。ごろつき浪人みたいな連中も来ます。北添様、お給金はお任せください。しばらく用心棒をお願いしたいのです」

数馬は喜んで引き受けた。

令和の人材派遣会社は、けっこうきれいなイメージだ。事務職が多い。大企業で働くことができる。企業が気に入ればスカウトされることもある。もっとも仕事の内容は派遣会社によって得意とするものがあるから、土木専門の会社もあれば、医療系もある。

さて、数馬は口入屋で働くことになった。

用心棒といっても、実はかなり暇である。数馬は貸本屋で本を借りて、奥の部屋で頁をめくっている。いまはまっているのは藤田東湖の『回天詩史』である。尊皇攘夷の志士は、みな愛読し、暗誦をしている者もいる。

主人が慌てふためいて数馬のところへやってきた。

「北添様、怪しい浪人がやってきました。私が紹介した仕事に難癖をつけて居座っています」

「行ってみよう」

数馬は店頭で居座っている浪人のところへ来た。

「何を凄んでおられるのだ。主人が困っているではないか」

「俺は侍だ。侍の仕事がしたいのだ」

気持ちはわかる。数馬もそうしたい。数馬は運がいいだけだ。ちょっと運命が異なれば、数馬もこのような浪人の状態になるのだ。

数馬は主人に耳打ちした。

「主人、こんなのはありますか。ほら、私に紹介した、剣術の“稽古台”」

「北添さま、いま、あいにく別の方に行ってもらっているんですよ。紹介しても続かなくて、いろいろなお侍様にお願いしています」

「こんなのはありますか? 寺子屋の先生。子供に読み書きを教え、遊んであげれば喜ばれますよ」

「それならば、似たような案件があります」

主人はさっそく浪人に「寺子屋の先生はいかがです?」と声をかけた。

浪人は気に入ったようで、主人に詳細を聞くと、さっそく出かけて行った。

数馬は暇になり、寝っ転がって『回天詩史』を読む。読むといっても漢文なので、あまりよく理解できない。国語の時間、もっとまじめに漢文をやればよかったと思う。

こんな内容である。

三決死矣而不死。二十五回渡刀水。

五乞閑地不得閑。三十九年七処徙。

邦家隆替非偶然。人生得失豈徒爾。

自驚塵垢盈皮膚。猶余忠義填骨髄。

嫖姚定遠不可期。丘明馬遷空自企。

苟明大義正人心。皇道奚患不興起。

斯心奮発誓神明。古人云斃而後已。

う~ん。

翌日。

数馬は口入屋の部屋で、正座をして刀の手入れをしている。打ち粉と懐紙を使って油を取り、丁子油をすーっと塗っていく。切先まですーっとやるのがポイントである。ごしごしやってはいけない。怪我をする。

そこへ主人がやってきた。

「北添様、お暇でしょう。でもここに居ていただければ、それでいいのです。私は“安心”を買っているのですから。そうそう、昼餉にしませんか?」

「昼餉はありがたいな」

江戸前穴子弁当ですよ。卵焼きが甘くて美味しいのですよ。どうぞお茶と一緒に召し上がってください」

昼はお菜だけのことが多いのだが、今日は豪華な弁当であった。

「う、美味そうだな……」

目をキラキラさせる数馬を見て、主人は微笑む。それから尋ねた。

「北添様、お暇でしょう?」

「……えっ!? ああ暇だ、暇……」

“実は忙しいんだ”とは言えない数馬であった。

「それでは、ここに居て下さい」

「そ、そうか……」

刀の手入れも終わってしまったし、さて困ったと数馬は考えたが、ふと、あることを思いついたのだった。

「あ、あの……」

「どうしました?」

「……いや……暇だったら、ちょっと表を歩かせてもらえないかなと……」

主人はにこっと笑う。

「ええ。構いませんよ」

その返事に数馬の顔が顔がぱぁっと明るくなった。

「そ、そうか! 散歩は気分転換にいいことだしな!」

「では行こうか」と言って大小を持って立ち上がる数馬を、主人は引き止める。

「これをお持ちください」

「えっ!? あ……」

主人は風呂敷に包まれた重箱を差し出した。重箱と言っても弁当箱なのだが……。中身はもちろん江戸前寿司だ。

「……あの…いいのか?」

「はい。これは北添様の分です」

「わ、わかった……」

数馬は刀を腰に差して重箱を受け取り、ぺこりと頭を下げた。そして店を出る。重箱を持ったまま歩いていく数馬を、主人はにこにこしながら見送ったのであった。

 

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