「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(5)蕎麦を食べたい外国人

外国人警護の侍 ベアト撮影


どうしたことか、北添数馬のところに外国人を警護して欲しいという依頼が来た。
何でも、普段の警護役は風邪で調子が悪く、もう三日も寝ているとのこと。
数馬は条件をつけた。「カタコトでもいいから日本語が通じること」

数馬は外資系の企業に居た。しかし、全く英語ができないのである。
アメリカ本社に送るウイークリーレポート(マンスリーレポートもある。※英語を打てないのでカタカナです)は英語で書かなければならないし、英語で頻繁に電話がかかってくる。電話は無視していた。社内のメールは日本語だが、少しでもアメリカが絡んでいると、英語のメールだ。数馬はローマ字入力は得意だが、英語は不思議と入力できない。
採用されたとき、「英語はおいおいでいいから」と言われていたが、英語ができないことはアメリカ本社にも通知される仕組みで、もう時間の問題になっていた。日本企業独特の慣習がないので気楽だったのだが。

数馬はその外国人に会った。名前を「ジョンソン=ストルトン」と言う。アメリカからやってきたそうだ。
「マイネーム、いず、カズマキタゾエ。宜しくお願いします」
やっぱり駄目だ。中・高・大と英語の授業があったが、あれは何だったんだろうと思う。
「カズマサン、アリガトウ、トモダチネ」
これくらい通じれば良しである。

日本中が「攘夷」で凝り固まっている。幕府は諸外国と条約を結ぶが、それをよしとしない武士は多い。数馬が江戸時代にやってくる前に、生麦事件があり、外国人殺傷事件は頻発している。

「ワタシ、ニホンノオソバ、ダイスキ。オソバヲタベタイデス」

数馬は蕎麦についても疎い。駅で食べる三百五十円の蕎麦と、蕎麦屋で食べる千二百円の蕎麦の区別がつかない。まあ、そんなものだろう、蕎麦というのは。数馬は蕎麦よりうどんのほうが好きだ。

ジョンソン氏は蕎麦を食べたいとのこと。しかも知っているお店があるのだという。
数馬が連れていくのではなく、ジョンソン氏のお供である。
ジョンソン氏は、白い馬に跨った。数馬は慌ててそれを制止した。
「馬はダメです。武士に狙われてしまいます。私を斬ってくださいと言っているようなものです」
馬上の高い目線から見下ろすことになる。攘夷派の武士としてはそれは面白くない。
ジョンソン氏は残念そうに馬から降りた。

「きょうは歩いていきましょう、私がついています」
「カズマサン、ヨロシクオネガイシマス」

横浜の居留地から東海道を徒歩で半刻(はんとき・一時間)ほど歩くとその蕎麦屋はあるとのことで、東海道を江戸方面に向かって歩く。

しばらく歩くと、二人の武士が前からやってきた。
すれ違うとき、数馬は殺気を感じた。
ジョンソン氏を道の外へ突き飛ばした瞬間、二人の刃が襲ってきた。
武士にすれば、外国人にへつらう警護役も面白くないのである。
武士の太刀が数馬の胸部を掠った。血が少し滲み出た。
その瞬間、数馬の刀が抜き放たれ、その勢いで、ひとりの武士の顔面を斬った。もう一人の武士は逃げていった。顔面を斬られた武士はうずくまっている。
「カズマサン、ダイジョウブデスカ!?」
ジョンソン氏が叫ぶ。
「大丈夫です」と数馬は返事をした。本当は大丈夫じゃない。しかし、外国人の前では虚勢を張らなければならないのだ。数馬は震えが止まらない。
外国人を警護するというのは、こういうことなのだ。

「コレヲツカッテクダサイ」とジョンソン氏は懐から白いハンカチを取り出した。
数馬はそれを断った。武士の刀で傷ついた人間に、真っ白なハンカチは贅沢すぎる。そしてジョンソン氏は、

「ヒトヲキルノ、ヨクナイ。カズマサンのカタナ、コワイ。カタナ、コワイデス」

それはそうだが……

「ジョンソンどの! 私が刀を抜かなければ、あなたが斬られていた!」

「ワタシ、キョウハ、オソバ、ヤメマス。カエリマショウ」
「ジョンソン氏、そうしたほうがよさそうですね」
数馬は居留地にあるジョンソン氏の邸宅までお供をし、何とか警護役を終えた。