「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(35)北風の紋三郎

北風の紋三郎は、上州無宿の侠客である。一膳飯屋でガツガツと食事をしている。
とろろ芋をご飯にかけ、メザシを放り込み、かき混ぜる。早飯である。侠客は命を狙われるので、そういう食べ方をしているようだ。

「ところで、旦那……」
紋三郎に声をかけたのは、板場から出てきたばかりのみよ吉である。
「ああ……なにかね」
紋三郎が顔をあげる。
「お代をいただきましょうか」
みよ吉は、右手で算盤を弾いた。
「あ、これはどうも……申しわけない」
紋三郎があわてて懐中から財布を取り出そうとしたとき、その財布が宙を飛んだかと思うと、店の天井に当たって、同じく食事をしている北添数馬のところに落ちてきた。
「ほら、財布」
と、数馬は紋三郎に財布を手渡した。
「御浪人さん、ありがとうございやす。あっしは、上州無宿の紋三郎」
「私は、北添数馬と申します」
「紋三郎さん、これからどちらへ?」
「板橋宿の亀五郎親分の賭場へ」
「私も江戸へ向かうところです。ご一緒してもいいですか?」
「あっしとは関わり合いにならないほうが、ようござんすよ。ロクなことがない」
「賭場で遊んでみたいのです」
「なら、一緒に行こう」

二人は桶川(おけがわ)宿を出た。
紋三郎は「道中がっぱ」に「三度笠」。それに長い楊枝を咥(くわ)えている。
やがて人の往来がないところに来た。
二人の武士が現れ、
「紋三郎だな、きょうこそ決着だ。その三一(※さんぴん・欄外参照)も始末してやる!」
「ほら、北添さん、ロクなことがない」
数馬は鯉口を切った。紋三郎は、道中差を抜いた。
道中差とは、旅人の護身用の脇差である。刀は武士しか差せないのだが、旅行者は庶民でも脇差を差すことが許されていた。ただ、被差別階級は差せなかった。

一人の武士が紋三郎に斬りかかってきた。紋三郎はうまくかわし、心の臓を一突きした。
数馬は刀を抜いた勢いで、もう一人の顔面に太刀を浴びせた。

「北添さんは、居合か」
「紋三郎さんも強いな!」
「剣は我流で覚えた。北添さんの流派を聞きたい」
夢想神伝流です。最近できた流派です」

板橋宿の亀五郎親分のところへ着いた。

「お控えなすって」

紋三郎が仁義を切る。
亀五郎親分が「手前、控えさせていただきます」

「さっそくのお控え、ありがとうござんす。手前、生まれも育ちも上州、吾妻(あがつま)です。渡世上故あって、親、一家持ちません。カケダシの身もちまして、一々高声に発します仁義失礼さんです。名は紋三郎、人呼んで北風の紋三郎と発します。西に行きましても東に行きましてもとかく土地土地のおあ兄さんおあ姐さんにご厄介をかけがちたる若僧です。以後面体お見しりおかれまして、恐惶万端(きょうこうばんたん)引き立って、よろしく、おたの申します」

「ご丁寧なるお言葉、ありがとうございます。手前…」
と、亀五郎の仁義が始まる。
仁義のときは、目線を外さないこと、である。

亀五郎は「こちらの方は?」と、数馬のことを聞く。
紋三郎は「あっしの子分で、北添数馬さん。博打をやりたいそうで」
亀五郎は、賭場に案内してくれた。

使うのはツボと二つのサイコロである。

・ツボ振り役がサイコロ2つをツボに投げ入れ振る
・盆に伏せる
・参加者は、サイコロの出目の合計が偶数(丁)か奇数(半)になるかを予想して、丁半どちらかに賭ける!

数馬は「半!」と言って、半に賭けたが、
「ピンゾロの丁!(1+1=2)」と、出て、あっけなく負けてしまった。
今度は「丁」に賭けた。
「シソウの半(4+3=7)」と、出て、これまた負けてしまった。


※一膳飯屋 飯や惣菜で手軽に食事をさせる店。
※三一(さんぴん)《1年間の扶持が3両1分であったところから》身分の低い武士を卑しんでいう語。

 

↓北風の寒太郎。道中差を差しています。