「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(36)甲賀忍者、煙巻半助

煙巻半助(けむまきはんすけ)は甲賀の忍者である。甲賀は、伊賀と並び称される忍者集団であるが、その性格は正反対である。伊賀は「個」を大切にするのに対し、甲賀は「組織」を重んじ、徹底してそれを守ることに長けている。
そのためか、甲賀の忍びは金銭に執着する傾向がある。煙巻半助もそんな甲賀忍びの一人だ。彼の主な収入源が薬種商なのは言うまでもない。
甲賀には、独自の薬草園があり、さまざまな薬草を栽培している。それに加え、毒草や毒虫などの毒性の強い生物を利用したものも多い。そうしたものに精通した忍者も豊富に存在するのだ。

北添数馬が令和の時代で使っていた目薬は甲賀の製薬会社で製造されたものだった。ちなみに、忍者のことは「こうが」と言うが、地名や駅名は「こうか」である。

それはさておき、数馬が煙巻と知り合ったきっかけは、同心の鶴見源之丞が具合を悪くしたときだった。鶴見のために薬種問屋に行って薬を買ったとき、薬の服用や養生方法を書いた書物をもらったのだが、背表紙に「甲賀」と書いてあったのだ。数馬は、「ああ、甲賀は薬で有名なんだな」と思った。
数馬は、
甲賀といえば忍者ですよね」
と、店主に言った。すると、店主は煙巻半助という人物を教えてくれたのだ。
「煙巻さんなら、よく知っていますよ。うちのお得意さんです」
数馬は、その足で煙巻の店を訪ねた。
数馬は薬種問屋の主人にもらった書物を見せ、
「この書物に載っている薬を売ってほしいのですが」
と言った。すると、煙巻はこう答えた。
「薬の調合は、すべて店主が行います。私は、その手伝いをしているだけです」
「では、調合の仕方を教えてくれませんか?」
数馬がそう言うと、煙巻はこう答えた。
「お教えするのは簡単ですが、それでは商売になりません」
「しかし、私は薬を売って生活しているわけではありません。薬の作り方を知りたいだけなんです。ですから……」
数馬は食い下がったが、煙巻は首を縦に振らなかった。
短刀直入に聞いた。
「煙巻さん、その薬は、忍者のためにあるのでは?」
「!」
煙巻は、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに平静を取り戻した。
「なぜそう思うのです?」
「薬の調合の仕方を秘密にするということは、それを使って何かをするからではないのですか?」
数馬は、さらに続けた。
「忍者は自分で薬を調合すると聞きます。植物についても詳しい…」
「ご名答です」
煙巻は、数馬の指摘をあっさりと認めた。
「しかし、煙巻さん。秘密は守りますよ」
数馬は身を乗り出した。
「私も薬を作ってみたいんです」
だが、煙巻は首を振った。
「それはできません」
「なぜですか?」
すると、煙巻はこう答えたのだ。
「忍者とは『影』です。光があって初めて『影』ができます。私は、薬を売るためにこの稼業をやっています。その信念を変えれば、私は『影』ではなくなってしまいます」
「そうですか……」
数馬はがっかりした。せっかく甲賀の忍者と知り合いになれたというのに……
しかし、煙巻はこう続けた。
「ですが、私が調合した薬を売っても構いませんよ」
「え? 本当ですか?」
「ただし、一つ条件があります」
「私が調合した薬は、すべて『ある人物』に売ってください」
数馬は、煙巻が妙なことを言い出したなと思った。
「なぜです?『ある人物』とは誰ですか?」
すると、煙巻は答えた。
「それは秘密です」
そして、こう言ったのだ。
「この条件をのんでいただければ、何種類か薬をお分けしますよ」
「……わかりました」
数馬は仕方なく承諾した。忍者に薬を融通してもらうなど、そうあることではないが、煙巻は腕利きの忍者だ。この薬の調合の仕方を覚えれば、自分で薬を作れるようになるかもしれない……
数馬は、その条件を飲むことにした。
「ありがとうございます」
煙巻は礼を言ったが、すぐにこう言ったのだ。
「『ある人物』とは、伊賀の服部孝蔵です」
数馬は、驚いて煙巻を見つめた。
「なぜですか?」
「理由を説明することはできません。影千代! あっちへ行っていろ」
「ニャリーン」
煙巻は飼っている黒猫を追い出した。

数馬は何だか嫌な予感がしてきた。もし毒薬だったら…
今回は断ったほうがいいな、自分から言い出したのだけど…… と数馬は思った。

煙巻氏はケムマキくんの先祖かも