「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(6)「剣客商売」そっくり家族

池波正太郎の『剣客商売』は、老中・田沼意次の時代である。秋山小兵衛と息子の大治郎、小兵衛の女房おはるが登場する。秋山小兵衛と大治郎は無外流である。数馬がいた令和の時代にも無外流はある。調べてみると様々な団体があり、あまり統一感を感じられない。(と思うのは数馬だけかもしれないが)

千住の宿場の飲み屋で、ひとり一杯やっているときだった。
秋山小太郎が、数馬に「ご一緒にどうです?」と声をかけてきた。数馬はせっかくなので、好意に甘えることにした。
秋山は数馬の刀を見て、「ご流派はどちらですか?」と尋ねてきた。
夢想神伝流です。秋山どのは?」
「無外流をやっております。自宅に道場があります」
秋山は数馬の刀を、しげしげと眺めてから、
「まことに結構な刀ですな。このような逸品を見たのは、はじめてです」と褒めてくれた。数馬は嬉しくなって、つい自慢をしたくなった。
「これは祖父からいただいたものです」
「お祖父さまと申されると…」
「はい。祖父は〝備前長船長光〟という刀を所持しておりましたが、やはり同じ刀鍛冶に鍛えさせたものだと聞いております」
「ほう……」
「ところで秋山さん。宜しかったら無外流の話をお聞かせ願えませんでしょうか?」
数馬は、秋山の人となりを知りたかった。秋山はどのような男なのか。
「無外流の話ですか……」と秋山は少し困惑した様子だったが、結局、次のようなことを話してくれた。
「無外流は一刀流の剣術で、技を〝円〟と称します」
「円……ですか?」
「はい。そのことから一刀流の別名を、〝円の剣〟と申します」
「どのような稽古をするのですか?」
「無外流の特徴は無駄な動きを省き実戦的なこと。まず刀の抜き方と納め方、振り方を学び、形を繰り返し稽古して試し斬りに進みます。さらに敵との間合いを測り合い、呼吸を合わせ、身体のさばきを応用し、相手がいる組太刀をやります」
「秋山さん。宜しかったら稽古を見せていただけますか?」
「いいですとも、数馬さん。もう一杯飲み終えたら我が家へ。むさくるしいですが。遅くなるので泊まっていかれては?」
「それはありがたいです。是非とも」
秋山小太郎の家は千住から歩いて四半刻(しはんどき・30分)ほどのところにあった。

翌日。目を覚ますと、秋山は外で薪割りをしていた。上半身裸になって斧を振り下ろしている。筋骨隆々で胸板が厚い。母屋のとなりには、こぢんまりとした「無外流指南 秋山小太郎」という看板が掲げられた道場がある。
「数馬さん、おはようございます。もうすぐ父も来ますゆえ、ごゆっくりしてください。朝食は根深汁です。私はこれしか料理ができませんが…」
剣客商売』の秋山大治郎そっくりである。
「秋山さん、“秋山大治郎”という方を、もしかしてご存じですか?」
「はい、私の先祖だと聞いております。江戸でも有名な剣客だったそうです」
そんな話を聞いていると、「おい、小太郎!」と、秋山小太郎の父・儀兵衛と女房のおよしがやってきた。儀兵衛とおよしはかなり年齢が離れている。まるで父と娘のようだ。これも『剣客商売』そっくりだ。しかも鐘ヶ淵に住んでいる。
およしは「小太郎さん、はい、これ!」と大根やら柿を台所に置いた。
「小太郎、たまには美味しいものを食べているか?」と儀兵衛。
「ああ、父と母上、ご紹介します。こちら、夢想神伝流の北添数馬さん。無外流の稽古を見たいそうです」
「ムソウシンデンリュウ?はて、聞いたことがないが、新しい流派かの」
「はい、居合道の流派で、大正時代につくられたと聞いています」
「タイショウ時代?」
数馬は、しまった、と思った。通じるはずがない。
「数馬さん、無外流の稽古を見るかね?」と儀兵衛が言った。
「小太郎! 組太刀をやろう。二人いるからちょうどよい」
儀兵衛は女房のおよしに、二本の手拭いを持ってこさせた。この手拭いを二人で頭に巻き付け、撃ち込み合うのである。
二人は間合いを詰め、木刀を激しく撃ち合わせた。
小太郎は六尺に近い大男である。しかし、儀兵衛も負けてはいなかった。
「勝負!」
二本の手拭いは、くるくると互いの木刀に巻き付いていった。
小太郎が横一文字に木刀を振ると、儀兵衛はさっと身を引き、巻き付いた手拭いをほどいて、小太郎に投げ返した。
「いや見事」と数馬は讃嘆した。彼らは「父子鷹(おやこだか)」であるが、『剣客商売』のパロディ・コントだと思った。

剣客商売