「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(34)居合の道場です。

『~居合伝』という題なのに、肝心の居合が全然出てこない… ということで、普段の稽古の様子を少し……

まず、夢想神伝流の「初発刀(しょはっとう」を、これは毎回最初にやる。
正座した状態から、相手のこめかみに抜き付け、さらに真っ向から斬り下ろす。というものである。居合道の基本かつ奥義の技である。

まず、こめかみに抜き付ける。
「駒吉さん、和助さん、腕が高すぎます。もう少し下げて」
「はい!」
続けて、真っ向から斬り下ろす。これは全員できている。
次に立ち上がりながら血振りをする。
「猪谷さん、真鍋さん、紋太郎さん、立ち上がったときは両足が富士山のようになるように。後ろの膝が曲がっています。ひかがみ(膝の裏)を伸ばすようにして」
「はい!」
「足を踏み替えて納刀です。納刀したと同時に膝を床に着きます」
「はい!」
「今度は私は何も言わないから、もう一度やりましょう」
「はい!」

全員がやったところで、個別に指導する。
「できないからといって諦めないでください。すぐにできないのは私も同じです。そこは分かっていますから、質問も遠慮なくぶつけてください」
「先生、何を質問したらいいか、分からないのです」
「私もそうでした。先生に“質問は?”と聞かれて“おっしゃられたことをやるのが精一杯です”と、師匠には答えました」

「居合って難しいでしょう」と数馬は言う。
全員「難しいです!」と言う。

「次に“顔面当て”です」

前後に二人の敵がいる。正面の敵の顔に柄頭を激しく当て、後ろの敵の水月を刺し、さらに正面の敵を真っ向から斬る。

これに関しては問題ないようだ。全員できた。

「注意点です。正面の敵に柄頭を当てるとき、気を付けないと、刀が鞘ごと体からすぽっと抜けてしまいます。そして、鞘を戻すときに、袴の中に鞘が入ってしまうことがあります」と、失敗例を実演する。
数馬は数々の失敗をして良かったと思う。こうやって門弟に失敗を説明できるのである。
納刀に失敗して、ぽろりと刀が落ちてしまったら、血振りの姿勢からやり直す、といったことも、門弟たちに教えた。

ほとんどの道場がそうであると思うが、まず形をひととおり覚えさせて、細かいことは稽古の過程で修正していく。
クルマの運転と同じである。ひととおり運転技術を覚えたところで「仮免許」。そして路上教習。免許を取得してからも実際の交通状況を学んでいく。
実際、数馬の前師匠はひととおり形を覚えたところで「仮免ね」と言っていた。

「先生! 顔に汗が流れるので、拭いていいですか?」
と門弟が言う。夏場は特に大変である。
「はい、いいですよ」と門弟に言う。他の門弟たちがそれに続く。
夏場は水分補給に竹筒に水を入れて持ってこさせる。ほとんどの門弟が顔を拭いた合間に水を飲んでいるようである。

「みなさん、いいですか。居合の修行の目的は「鞘のうちに勝ちを秘め、刀を抜かずして敵を制することが出来る程の武徳を養う」ことにあります。 したがって、他人を攻撃し、殺めることが目的ではなく、信義を尊び、礼節を重んじ、秩序を保つことで、戦わずして彼我共に相和し、もって広く人類の平和と繁栄に寄与することが究極の目的であります。そして、心掛けるのは「常在戦場」です。つまり武士の心得を磨いているのです」

「はい!」

筆者は右奥にいます