「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(22)どんがら汁

北添数馬は海坂(うなさか)藩へ出かけた。令和で言えば山形県庄内地域である。
「どんがら汁」を食べたかった。
それだけである。

数馬は日本海沿いの街道を北上していた。
念珠関(ねずがせき・鼠ヶ関)の関所で通行手形を見せようとしたが…
無い! 困った…
関所役人に問いただれて窮地に陥っているところへ、ある武士が「そいつは拙者の友達だ。放してくれ」と助けてくれた。
名前を片桐宗蔵という。海坂藩の藩士だ。関所役人が言うこと聞くのだから、地位が高いのだろう。年齢は数馬と同じぐらいである。
「それがしは、北添数馬と申します。助けていただき、かたじけのうございます」
「ところで、どうして海坂に来たのですか?」
「海坂で有名な、どんがら汁を食べたくて」
「それなら、任せなさい。拙者の家で食べましょう」
「それはありがたいです」

「お~い、いま帰ったぞ」
「旦那さま、お帰りなさい」
「きょうは客人を連れてきた。どんがら汁でもてなすぞ、きえ、準備は大丈夫か?」
「ええ、任せて!」
立派な屋敷である。妻は「きえ」。子供が四人いる。子供が「父上! お馬さんごっこやって!」と言っている。宗蔵が四つん這いになり、そこへ子供が四人乗っかる。

囲炉裏にどんがら汁の鍋がセットされ、寒ダラの身を骨ごとぶつ切りにして、内臓もすべて鍋に入れて煮こむ。味の決め手は肝や白子の部分だとのこと。岩ノリを添えるのがいいらしい。
「やっぱり料理は、大勢で食べたほうが楽しいな!」と、宗蔵が言う。
きえが、「北添様もご遠慮なく。さあ、食べてください」と、お皿に取ってくれた。
宗蔵が「北添さん、ご家族は?」
「妻子がいます。子供はひとり」
「そうか、それはちょっと寂しいのう。もっと頑張って子供を作らにゃ」
「あははは!」
数馬は笑った。
食事が終わり、子供は寝る。
「きえ、北添さんと二人にしてくれ。北添さんと酒が飲みたい」
「はい、旦那様」

数馬と宗蔵は酒を酌み交わし、世間話をする。
「北添さんは、どんがら汁を食べに来ただけですかい?」
「いえ。ある用がありまして」
「それはなんだ?」
「それは秘密です」
「じゃあ、なぜ海坂に? おりゃあ、お尋ね者だ。なんで海坂なんぞにいたかと怪しまれたら厄介だぞ」
「宗蔵殿。お尋ね者だったら、私を助けてくれたときに、どうしてあんなに簡単に関所を通れたのでしょう?」
「う~む。それはそうかも知れない」
「“隠し剣”を探しています。秘剣のようなものです」
「ほう、なるほど。でも拙者ではないな。秘剣。何なら木刀で立ち会うかね?」
「お願いします」

数馬は宗蔵と木刀で勝負した。互角だった。どうやら宗蔵は“隠し剣”の持ち主でないことが分かった。逆に、海坂藩に伝わる剣術を見せてくれ、教えてくれた。
「北添さん、あなたはお若いが、剣筋はいい」
「そうですか」
「だが、敵に情けをかけるのはやめたほうがいいな」
「はい」
「では、宗蔵さん。私の剣筋を見てください」
「うん。よし、やってみろ!」
数馬は木刀を刀に持ち替えた。
全剣連居合の)「「顔面当て」という技をやります」
「ほう…」
「前後に二人の敵がいると、想定します。まず正面の敵に、鞘ごと刀を抜きだし、顔面に柄を当てて怯ませ… 後ろの敵の水月を突き刺し、怯んでいる正面の敵を真っ向から斬り下ろします。こうやって」
「これはいいのう。柄頭も武器になるか」
「そうなんです。ただ、柄を当てるときに、確実に顔面に当てるのです、これを外すと… 刀が鞘ごと体からすっぽ抜けてしまいます!」
「なるほどな。それは間抜けだな、あはは!」
「宗蔵さんもやってみてください」
「よしきた!」
宗蔵は初めてやる技なので、戸惑いながらであるが、「こうか? これでよいか!」とやっている。
「そうです。正面の敵を怯ませ、後ろを突き刺し、向き直って斬ります」
「うん、これは面白いな!」
コツを掴んだ宗蔵は何度もやってみせた。

「宗蔵さん。いいでしょう。似た技にこれがあります」
数馬は座り、全剣連居合の「柄当て」をやった。
宗蔵は「それも是非教えてくれ!」と数馬に頼む。
技の概要(要義)は…
「前後に座っている二人の殺気を感じ、まず正面の水月に柄頭を当て、続いて後ろの敵の水月を突き刺し、さらに正面の敵を真っ向から切り下ろして勝つ」

「宗蔵さん。まず“居合膝”で座ります」
「こうか?」
「刀を両手にかけて腰を伸ばし、鞘ごと突き出して柄を水月に激しく当てます」
「で?」
「鞘を引きながら後ろの敵に振り向き、後ろの敵の水月を突き刺します」
「これでよいか?」
「はい、突いたときに左袖を突き刺してしまうことがあるので、注意してください」
「うむ」
「正面の敵に振り向いて、真っ向から切り下ろします」
「これでよいか?」
「右に開いての血振りをして納刀です」
「うむ」
「片膝をついた蹲踞(そんきょ)の姿勢になります」
「これも面白いのう!」

「宗蔵さん、あなたはお若いが、剣筋はいい」
「それは、さっきの拙者の台詞だな、うまいな、北添さん」
「宗蔵さん、私はこの二つの技が好きなんです」
「どうして?」
「まず、激しく柄を当ててダメージを与える。つまり、“警告”です。それで相手が気絶するなり、逃げたりすれば、斬る必要がありませんし」(※数馬の勝手な解釈です)
「それはそうだな!」

そして、宗蔵は正座をして、夢想神伝流の「初発刀」をやった。
宗蔵は「この技は、居合の基本かつ奥義だと聞いているぞ」
数馬は仰天した。
「宗蔵さん、あなたは何者ですか?」と尋ねた。
宗蔵が笑って答える。
「昔、北添という剣士がいたのじゃよ。その流派を学んだことがあるんじゃよ!」
「では、その北添という剣士は、今どこにいるのですか?」
「それがわからんのじゃよ。あるとき突然姿を消してな……何しろ昔だからな。もう今は……」

数馬は旅支度をした。
「宗蔵さん、いろいろお世話になり、かたじけのうござった。今度は、これも海坂で有名な磯釣りをしに来ますよ」
「それがしも楽しかった。また会うのを楽しみにしている」
家族全員で、数馬を見送ってくれた。

片桐宗蔵と、きえのイメージ