「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(21)令和に行った二見虎三郎

北添数馬は、旅の途上、越後長岡藩に立ち寄った。
長岡藩は北越戦争戊辰戦争のひとつ)の動乱に巻き込まれるが、まだその前である。

数馬は困ったことになった。
旅籠に泊まったのだが、前日は何ともなかったのに、翌日になったら雪がうず高く積もっていたのである。三尺(約九十センチ)ぐらいある。
旅籠にもう少し長く逗留したいところだが、あいにく予約で埋まっているとのこと。
宿の女将さんが「申し訳ありません」と言う。そして、
「お侍様なら、二見(ふたみ)様訪ねてごらんなさい。藩で道場やってて、泊まることができるようだーすけ(ですから)。“旅籠のとんまるで聞いた”で分かると思うすけ」
「女将さん、ありがとうございます」
数馬は二見のところへ向かった。
それにしても、この雪は。一晩でこんなに積もるのか…
母の実家が新潟県魚沼市で、雪のすごさは見て知っているのだが…
電車の中まで粉雪が舞い込んでくるんだから… 特に115系近郊型電車。窓側に座っていると寒い。

二見の屋敷に着いた。
「ごめんください。旅籠のとんまるの女将さんの紹介で参りました」
二見が顔を出した。
「ほほう、それは。道場は泊まれるようになっている。ひとつ稽古をしていくかね?。これは?」と、刀を振る真似をする。
「居合を少々です」
「長岡は居合をあまりやらないんだ。是非見せてくれるかね?」
「そうですか。それならばやってみましょう」と数馬は、道場の片隅にある稽古着を見つけ、「これに着替えていいですか?」と承諾を得て、着替えた。

道場の中央に進み出る。「開始線」なんて気の利いたものはない。自分で定位置を決める。
まず「携刀姿勢」となる。そして「神座(しんざ)への礼」をし、袴を捌いて正座をする。「刀礼」をして剣心一体の心境となり、下げ緒を結束する。
夢想神伝流の「中伝」を五本やることにした。

・横雲(よこぐも) ・虎一足(とらいっそく) ・稲妻(いなづま) ・浮雲(うきぐも) ・岩浪(いわなみ)

演武を終えて下げ緒を解く。「刀礼」をして、「神座への礼」をして、ふたたび「携刀姿勢」をして、退場する。

二見は、
「いいね~、いいね! 居合は! ご流派はどちらだかな?」
夢想神伝流です。新しい流派です」
「おお、そうか。聞かねえ流派だと思うた。新しい流派てことは、そなたが創始者かね?」
「いえいえ、ご冗談を!」
数馬としては、かなり嬉しい。

「長岡は「常在戦場」を藩訓としておられると思います。それは武士の心得。居合も武士の心得であり、「常在戦場」だと、私は解釈をしています。常在戦場=武士の心得=居合 常在戦場は居合である、というのは無理があるのですが、居合は常在戦場と言えると思うのです」
「これは熱心なことじゃ、我が長岡藩の常在戦場を理解して下さる御仁が江戸にも居るとはのう。ありがたいことじゃ」

そんなやりとりをしているところへ、長男の二見虎三郎がやってきた。
「それがしは二見虎三郎といいます。貴殿は?」
「北添数馬と申します、二見様」
「それがしと、雪合戦しませんか。お城にも出仕できねえすけ暇らんだ」

まさか、二見虎三郎と雪合戦をするとは…
数馬は知っているのである。彼が戊辰戦争で転戦して亡くなるのを…
河井継之助小千谷の談判をしたとき、一人、彼がついて行ったのである。

二人ともたすき掛けをする。
そして、無邪気に雪を投げ合った。雪雲はひとつもなく、快晴である。
虎三郎の体から、御守り袋みたいなものが落ちた。
数馬は興味があり、
「その御守り、ちょっと見せてください」
彼にとっては大切なものであろう。
彼は得意になって、何と百円玉を見せてくれたのである。
「二見さん、吃驚しました。これは、未来のお金では!?」
「そうらんだ(そうなんです)。それがしは『令和』て時代に行ったことがあんだ」
「どうして、また」
「剣術の試合やったときに木刀でやられて気ぃ失うたら…」
数馬は、
「私は、その『令和』からやってきたんですよ。江戸時代にやってきてしまって…」
「どうりで、普通のお侍とは雰囲気が違うと思うたった。それにしても、新幹線というのはすごいね!」
と虎三郎は言った。
「令和に来てしもうたときはたまげました。東京の練馬というところに住んでアルバイトやったった。西武線の準急、混むね。剣術の道場めっけたすけ、入門してみたんだ。“剣道”って言うんだね。防具つけて打ったり打たれたり。五年ぐれ住んだろっか。インターネットというのがあって、それでそれがしの名前調べたら、ホトガラ(写真)と一緒に出てくんだ。もうたまげた。この後の戦争で死ぬんだ。それがし。そして上越新幹線で長岡に行ってみようと思うて、新幹線に乗ったんだ。長岡駅って長岡城の本丸の跡地にあるんですて。長岡駅の駅弁「五間はしごお弁当」食べたかったんだ。数馬さんも知ってっろう。「五間梯子」。それがしのホトガラの袖章がそうだ。
新幹線って速いね。あっという間に上州駆け抜けて、上毛高原駅過ぎて、大清水トンネルに入ったら…」
「それで?」
「トンネル抜けたら江戸時代の三国(みくに)街道に放りだされたった。長岡まで歩いて帰ってきましたよ。令和の服装だーすけ、両親は仰天したった」
「二見さん、戻れて良かったのかどうか…」
「はい、元に戻れて良かったと思う。河井(河井継之助)様と長岡藩士全うできんだーすけ(全うできるのですから)」

数馬の気持ちは複雑であった。

二見虎三郎 袖章は「五間梯子」