「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(23)会津へ行った

北添数馬は会津が大好きである。飯盛山の白虎隊墓所会津武家屋敷、鶴ヶ城は外せないポイントだ。

居酒屋で飲んでいて、町野正太という会津藩士と友達になった。近々会津に帰るが、数馬を会津に連れて行ってくれるという。数馬は喜んで承諾した。

下野(しもつけ)の今市(いまいち)まで日光道中で、今市から会津西街道を歩いていく。山道になり、峠をいくつか越えていく。けっこう険しい。数馬は山道に慣れていないので、町野についていくのがやっとだ。途中で何度も休憩した。そのたびに町野は、
「あと一刻(いっとき・二時間)もすれば会津に着く。がんばるべ」
と言うのだった。その度に数馬は「嘘だろう」と内心思った。鉄道だってそのくらいの時間がかかる場所に今は居る。町野は本気なので黙ってついていくことにした。

二人並んで、袴をたくし上げて放尿する。ちなみに数馬は袴の右側をたくし上げる。
ここ一週間ぐらいなのだが、尿線が分かれたり、散らばったりする。町野はきれいな太い尿線である。この時代、泌尿器科はないだろう。
「北添さん、おしっこがバラバラですね」
「うん。何か悪い病気でなければよいが…」(※今は大丈夫です:数馬)

さて、山王峠を下りていくと、やがて景色が変わった。道はだんだん平らになっていき、家並みが見えてきた。だがまだまだ田舎であるのにはかわりない。
田島というところに着いた。ちょっと家並みが賑やかである。令和でいえば、会津鉄道会津田島である。
「町野さん、だんだん会津らしくなってきましたね」
「そうだろ! もうここは会津だ。一刻というのは嘘じゃなかっただろう」
「はい! 町野さんを信じます」
しかし、若松の城下まではまだ遠い。
途中で「塔のへつり」を見ながら昼食をとる。「塔のへつり」とは、塔の形が立ち並ぶ断崖という意味とのこと。川の色は緑色だ。
数馬は、「いちどここへ来たかったんです」と言う。会津鉄道にその名前の駅があり、気になっていて、行く機会がなかったのだ。
町野は「もうすぐ大内宿です。まだ早いですが、明日に備えて、ここで泊まりましょう」
数馬の足は、峠道で限界であった。助かった。

翌日。若松の城下を目指して歩く。門田(もんでん)というところがあり、このあたりは水田地帯だ。ここまで来ると、城下は目の前だ。
やがて鶴ヶ城が見えてきた。ようやくたどり着いた。
町野正太の屋敷に招き入れられる。妻のゆりが「旦那様、お帰りなさい」と出迎える。
「こちら、北添数馬さん。飲み友達だ」
「そうですか、それはそれは。遠慮なくお上がりください」
「子供がいるんですが、いま(藩校)日新館で勉強しています。北添さん、日新館を見学しませんか?実は私、剣術師範でして…」
「是非、宜しくお願いします」
お茶を飲んで少し休憩してから日新館に出掛けた。

道場では子供たちが木刀で組太刀の稽古をしている。
町野は「みんな! やめ! 集まって」
子供たち「はい!」
二十人ぐらいの子供たちがいる。
「こちら、江戸で居合術をやっている、北添数馬先生だ。先生のお友達だ。居合術を見せてくれるそうだから、よく見るように!」
「はい!」
数馬はサービスして、夢想神伝流の奥伝を五本やることにした。
・信夫(しのぶ) ・行違(ゆきちがい)・袖摺返し(そですりがえし) ・門入(もんいり) ・暇乞(いとまごい)

「すごい」
「もう一度お願いします!」
子供たちが言う。
「北添さん、最後にやった技をもう一度、解説をつけてお願いできますか?」
「暇乞(いとまごい)ですね。では…」

「両手をついて、深々と礼をして、体を起こしながら抜刀します。そして敵が頭を上げるところを斬ります!」

町野「よく見たかな、みんな。正座をしても刀を差していたでしょう。そして頭を下げて礼をしたでしょう。座っていても、相手が刀を差していたら、油断してはいけないんだ」
「はい!」

「北添先生、もうひとつ、あれを!」
「では、あれを貸してください」
町野が手拭を差し出す。数馬は目隠しをして、抜刀し、ひとつ技をやって納刀した。

「みんな。侍は暗闇でも戦う。だから見えなくてもできないとダメなんだ」
「はい!」

「北添さん。しばらく日新館で、居合術を教えてくださらぬか。子供たちも喜ぶ… 北添さんが大好きな鶴ヶ城も毎日見られますよ」

数馬は喜んで引き受けた。

数馬は弓術場に足を運んだ。弓を引いたことがあるのだ。
「ちょっとやらせてください」と、弓を借りてやってみる。
弓の先生が、
「肌脱ぎしてください」と。
数馬は内心「腋毛が濃いから嫌なんだよな~」と思いながら肌脱ぎした。
他の武士は、筋骨隆々で逞しい体なのに…
二十本放ったが、結局はひとつも中(あ)たらなかった。

■弓術では「当たる」ではなく「中たる」と書きます。またひとつも的中しないのを「残念」と言います。

會津藩校日新館のテレホンカード(筆者蔵)