「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(3)山野の罠

山野金之助は北添数馬のことが好きになったようだ。
鵜飼道場で誘われたときから怪しいと数馬は思っていたのだが……

同性が好きになることは珍しいことではない。左利きの人がいるように、一定の割合で存在するのだと聞く。病気ではないので治るものではない。左利きも病気ではない。もっとも江戸時代、武士の左利きは右利きに矯正された。

数馬は山野に誘われてとある茶屋に入った。「茶屋」というのは、令和でいう「喫茶店」ではない。飲食店の茶屋もあるが、山野が誘った茶屋は「休息所」である。部屋に案内され二人きりになる。
(あれ? 山野さんの道場に行くのではなかったのかな? 二刀を使う門人は?)

「北添どの。それがしは、おぬしを…」
そっと数馬の手に、暖かい手を添える。

数馬は、これはどこかで観たぞ、と思った。
新選組の映画「御法度」である。
妖艶な加納惣三郎に、隊士が次々に言い寄ってくる。

数馬は、もう四十歳であるし、美男にはほど遠い。若い男性ならいくらでもいる。しかし山野は数馬のことが気に入ってしまったらしい。数馬は山野にどこが気に入ったのか聞きたいぐらいだ。聞いてみた。

「山野どの、それがしのどこが…?」
「は。そなたの太刀筋でござる」
「?」
ちょっと拍子抜けした。
「そなたの太刀筋には感服いたした。それがしを斬ることのできる者などそうそうおらぬであろう。それよりも貴殿の…」
「それがしにかように熱い思いを寄せられるのはありがたい。なれど、それがしは妻も子も……」
「存じておる」
山野はそう言うと、そっと数馬の手を握った。
(危ないっ!)
と思ったときは既に遅かった。二人は抱き締め合っていたのである。

数馬は旅支度を終えて、山野と別れた。
旅の途中、数馬は山野から文をもらった。
「北添殿と知り合えてよかった」