「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(2)鵜飼道場

数馬が治療をした鵜飼孫六は、鵜飼道場の師範であった。五十歳ぐらいの小柄で頑強そうな武士である。
鵜飼が数馬のことを門人に紹介する。
「こちら、北添数馬どのだ。私を治療した恩人だ。みんな宜しく頼む」
十人ほどの門弟が「応!」と応える。
師範代が、
「それはそれは師範がお世話になりました。何か分からないことがあったら、遠慮なく仰ってください」

稽古がはじまる。見学させてもらう。居合だけではなく、剣術・弓・槍・杖・柔術、夏には水練をやるという。
数馬は居合道着を着ていた。ある門弟が珍しそうに稽古着を触る。門弟はみな「白六三四」だ。師範代は「紺六三四」を着ている。

「では、北添どのに居合を見せていただこう」

師範が言うと、門弟は稽古を終え、正座をする。視線が数馬に注がれる。
数馬は神前に礼をし、袴を捌いて着座する。刀礼をして、剣心一体の心境となる。下げ緒を袴の紐に結束する。
まず、「初発刀(しょはっとう)」をやる。座った姿勢からこめかみに抜きつけ、さらに真っ向から斬り下ろす。居合道の基本かつ奥義の技である。
このあたりは地味な技なので、驚かない。
次は「岩波(いわなみ)」である。左側に座っている敵の胸部を突き刺し、さらにその敵を引き倒し、敵の背部に斬り下ろす。
だんだん佳境となり、「暇乞(いとまごい)」で仕上げである。正座をし、頭を下げ、座礼をしたところで、一気に抜刀をして、上段より敵を斬り下ろす。無双直伝英信流にも同じ技がある。正座をしてお辞儀をして相手を油断させるのである。もちろん斬るので、腰から刀は外さない。
「おお!」
門弟一同がどよめく。
数馬の技は見事なものであった。
「ありがとうございました!」

稽古が終わる。門弟たちは井戸で肌脱ぎをして体の汗を拭う。みな筋骨隆々として逞しい体躯をしている。時代劇の「剣客商売」(主演:藤田まこと)のシーンと同じだな、と数馬は思う。
そして着替えをする。
「いかがでござったか?」と数馬は鵜飼に訊く。
「いやあ、驚いた! すごいのう」と師範の鵜飼が目を丸くして言った。
「あのう、北添どの。よろしければ私の部屋に来られませんかな?」と門人の一人が言う。彼は山野金之助といい、三十歳ぐらいと思われる。
「山野どの、それは……」と師範が言うのを、数馬は押しとどめた。
「あい分かり申した。参らせていただきましょう」
山野は部屋に入り、戸を閉める。そして灯りを点けた。
数馬は刀を右側に置き、正座をした。
「北添どの、私は貴殿の居合をもっと見たくなりました」
「それがしの技など……」と数馬は謙遜して言う。
「いや、貴殿の技には気高さがありまする」
山野はそう断言した。
数馬は少し考え、あることを思いついた。そして、言う。
「山野どの、お願いがございまするが……」
山野はうなずく。
「貴殿の居合を見せていただけませぬか?」
山野はぽかんとした表情になった。そして、「ほほほ」と笑い出した。
「これはしたり! 北添どのの技を見て、つい舞い上がってしまいましたな!」
数馬は首を捻った。そして訊いた。
「それがしの技などに気高さなどござりませぬが……」
「いやいや、貴殿にはお分かりでしょう。世の中に本物と贋物があることを」
山野は諭すように言った。
「それがしにはよく分かりませぬが……」と、数馬。
「それは失礼つかまつった。では拙者の居合をお見せしましょう」

道場は山野と数馬の二人きりである。再び稽古着に着替える。

山野は前に進み出ると、着座して刀を置いた。そして刀を抜き、中段に構えた。
(ほう)と数馬は思った。山野の技はなかなかのもののように感じたのだ。
山野の呼吸が静まり、彼の闘気が高まってゆくのが分かる。すると、山野の姿が揺らいだように数馬は感じた。同時に刀身がきらりと光る。
山野は剣を一気に振り上げ、敵の頭上に斬り下ろす。剣風が数馬の頰を打ったような気がした。
(おお……)
数馬は内心で唸った。自分に似た技の型だが、気高さを感じさせるものがある。居合には天賦の才能も必要である。つまり、天分というべきものだ。
(この門人は……)
「いかがでござった?」と山野が訊いた。
「いや、感服いたしました」と数馬は平伏して礼をした。
山野は照れながら刀を鞘に納め、数馬に言った。
「拙者の技など北添どのに比べるべくもありませぬが……」
「とんでもないことにございまする。この北添数馬、まだまだ修行が足りぬことを痛感いたしました」
山野はうれしそうな顔をした。そして、おもむろに言う。
「拙者の門人には、北添どののように居合を使う者もおりまする」
「ほう」と数馬は身を乗り出した。
「もっとも、その者は二刀を使うのですが……」と山野は付け加える。
「それはぜひともお会いしとうござりますな」
数馬の言葉に山野はほっとした表情になった。
「では、明日、拙者の門人を貴殿に引き合わせましょう」と山野は言った。
翌日、北添数馬は鵜飼道場で昼食を馳走になり(治療の礼ということらしい)、山野に引率されて鵜飼道場を後にした。