「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(9)泉岳寺へ

北添数馬は、北添道場という、居合を教える道場をやっている。
こぢんまりとした、ささやかな道場である。趣味でやっているので、月謝はとらない。
ときおり門弟から差し入れがある。それは遠慮なく受け取ることにしているが…

師走……
門弟から提案があった。「泉岳寺赤穂義士の墓に行きませんか? 道場のみんなで」
「それはいいね」と数馬。
吉良邸に討ち入りをした、十四日に行こう、となった。

師走十四日の泉岳寺
混雑している。みな考えることは同じようだ。露店もあり、「義士煎餅」なるものが売っていたので、それを数馬は買った。
そして、肝心の墓所
行列ができている。他の日にすればいいではないか、この日は吉良上野介の命日ではないかと思うが、忠臣蔵愛好者にとっては、この日は格別なのだ。
やっと行列の一番前に出た。
墓の数を数える。やはりみんな考えることは同じのようで、「ひい、ふう、みい…」と、墓の数を数えている。

この日の目玉は「義士行列」である。
行列がやってくる刻限になると、境内がおしくらまんじゅうになる。行列が通る道を開けておかねばならぬから、余計に人で溢れる。
行列がやってきた。大石内蔵助役がでんでん太鼓を叩いて、その後に義士が続く。人数は二十人ぐらいである。

行列を観終え、赤穂義士ゆかりの品々を売る店に立ち寄り、見物しているうちに日も暮れてきた。
「そろそろ帰りますか」と門弟たちに数馬が言ったときである。
「先生」と、うしろから声がした。
振り向くと……若い侍であった。「先生ですよね」
「君は……」数馬は思い出した。北添道場に通っていた若者だ。たしか……そう、大谷弥助といったか。日本橋馬喰町(ばくろちょう)にある、剣術道場に通っている。
「覚えていて下さいましたか」と弥助は言った。
「忘れるわけがないよ」数馬は言った。
そして二人はしばらく話し込んだ。弥助はいろいろ話してくれた。それを聞きながら、数馬は心の中で感動していた。そうか……北添道場でやった稽古が役に立ったのか……
しかし、なぜ弥助がここに? その疑問を弥助にぶつけると、彼は言った。
「じつは……自分の生まれた日なんですよ、十四日は。それで、先生をお訪ねしようと……」
「そうか」数馬は嬉しかった。
弥助が帰ったあとも、数馬の心には満足感があった。
「先生、よかったですね」と門弟たち。
「うん」と数馬は言った。「今日は来てよかったよ。では帰ろうか」
数馬は思った。
この道を選んでよかったな……

泉岳寺 山門