「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(1)山岡鉄舟に居合を教わる

北添数馬は山岡鉄舟の無刀流の道場に入門した。
山岡先生が来る前に道場に到着し、懸命に素振りをする。
数馬は一振りするごとに剣の風圧で空気が切れるように感じた。
「よう、来たか」
鉄舟は突然現れる。
音もなく、気配もなく現れては短い会話を交わして帰っていく。
それは言葉なのかと思えるほど短かった。
ある日、数馬が鉄舟に呼び出された。
「今日はゆっくり話そうや」
ふたりは道場の横にある畳敷きの部屋で話をすることになった。
「北添よ、お前は剣に向いている。何か技を身につけてみないか?」
鉄舟は話を切りだした。
「わしはな、居合を伝授したいのだ」
「居合……ですか」
数馬は振りかぶった刀を鞘に収める動作を思い浮かべた。
しかし鉄舟は首を横に振った。
「それは抜刀術や」
「抜刀術?」
「ああ。わしの師匠は『無刀』と呼んどったがな」
「無刀!?」
鉄舟の師匠は『無刀』である。
「居合を使える人間はそんなにおらん。みんな抜刀術や」
数馬は身を乗り出すようにして鉄舟に訊ねた。
「私に、できますか?」
「ああ、お前ならできる。問題は基本ができているかどうかだ」
数馬は納得して頷く。
「よし!では今夜からでも特訓するぞ!」
「はいっ!先生!」
こうして数馬は居合を習得することになったのである。

翌日、ふたりは道場に正座し、向かい合う。
「はい!」
ふたりは同時に抜刀した。
次の瞬間にはもう数馬の刀は鞘に収まっていた。
「やはりな……」
鉄舟は渋い表情になり呟いた。
数馬の斬撃の速さと正確さを見て取ったのだ。
彼は自らの見立てが正しかったことを悟ったのである。
数馬は居合の特訓に励んだ。
「はい!」
数馬の抜刀は日に日に速くなり、その正確さも増していった。
「よし!今日はここまでだ」
鉄舟がそう告げると、ふたりは正座して向き合ったまま礼をする。
「ありがとうございました!」
そして道場を出ようとしたときだった。
鉄舟が数馬を呼び止めたのである。
「待て」
数馬が振り返ると鉄舟は言った。「まだ残っておる」
数馬は一瞬驚いたが、すぐにまた正座し直す。
鉄舟は話を続けた。
「お前は誰よりも居合を極めることができるだろう」
「いえ、私などまだまだです……」
数馬は謙遜するが、鉄舟は首を左右に振る。
「いや、お前なら必ずできるはずだ。わしが保証する」
鉄舟はそう言って微笑んだのである。

鉄舟は数馬に居合の極意を授けた。そして数馬はその教えを忠実に守り、居合を極めていったのである。
ある日、鉄舟は数馬に言った。
「北添、お前に伝えたいことがある」
「何でしょうか?」
「お前はもう立派な剣士だ」
「ありがとうございます!」
数馬は深々と頭を下げる。
「そこでな……お前にある技を教えてやろうと思う」
「ある技?」
「そうだ。これは『無刀』から教わったものだ」
鉄舟はそう言うと、居合の構えを取った。
数馬も彼に倣って居合の構えを取る。
次の瞬間、鉄舟は目にも止まらぬ速さで抜刀した。
それはまさに一瞬の出来事であった。
「北添よ……」
鉄舟は刀を鞘に収めると数馬に訊ねる。「どうだ?今のが無刀流の技のひとつだ」
「はい。素晴らしい技ですね」
数馬は素直に感想を述べた。
しかし鉄舟は厳しい表情になる。
「だが、今のは『無刀』が編み出した中でも完成された技のひとつに過ぎない」
「え?」
「無刀流にはな、他にも様々な技があるんだよ」
鉄舟の言葉に数馬は大きく目を見開いた。
「それは是非教えていただきたいです!」
鉄舟は首を横に振った。
「無刀流には門外不出の教えが多い。残念だが、わしからは教えられんのだ」
「そうですか……」
数馬は落胆する様子を見せる。
「北添よ、心配するな。無刀流には他の流派からも教えを請うこともあるから、それを学びなさい」
「わかりました!」
数馬は深々と頭を下げた。
その日から数馬はさらに稽古に励んだのである。