「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(41)大雪2

東京は大雪に見舞われた。北添数馬は長屋の住人たちと雪かきをしてから、北添道場へ向かった。
道場も雪がうず高く積もっている。
ひとり熱心な門弟が雪かきをしてくれていた。橋野金吾という。
「北添先生、おはようございます」
「橋野さん、おはよう。ありがとうね、雪かきしてくれて」
「いえ、これくらい」
橋野は頭をかいて照れている。
数馬も雪かきをする。なかなか重労働だ。雪国で生活している人々は大変だな、と思う。
しかも春の雪である。水分を多く含んでいて、重たい。
ついでに道場の掃除をする。床を雑巾がけするのだが、水が冷たい! 橋野も掃除を手伝う。もっとも、居合の道場の場合、座り技が多いので、袴が床を擦るおかげで、床はかえって綺麗になるが…。
数馬は稽古の準備を始めた。今日はいったい、何人の門弟が集まるだろう……。
道場は暖房がない。寒くて仕方がないが、やむを得ない。火鉢を置こうかと思ったが、一酸化炭素中毒になる危険がある。数馬はそれで死にかけたことがある。子供の頃であるが…。
もっとも道場で動いていれば体が温まってくる。
道場には他には誰もやってこない。
「橋野さん、きょうは二人で稽古しますか!」と数馬が言う。
橋野が「黙想~~! やめ! 正面に礼!先生に礼!」と号令をかける。数馬と橋野が「宜しくお願いします」と礼をする。
北添道場では普段は開始の礼はしない。みな、バラバラにやってくるからだ。
二人で同じ技をやる。橋野が数馬の真似をする。十二本やってひと段落だ。
「橋野さんは、体がでかい。なので堂々とやったほうが見栄えがしていいと思うよ。大名が居合をやっている気分で」と数馬がアドバイスをする。橋野は「はい、ありがとうございます」と言う。
夢想神伝流(まだ当時はないが)の初伝をひととおりやって、休憩のお茶にすることにした。
「橋野さんは、なぜ居合を始めたんだい?」
「刀を使う武術をやってみたくて。カッコいいじゃないですか。お侍さんみたいで」
「抜刀術は? 畳表を切るの」
「それだと、単に切るだけで面白くないと思いまして…」
「なるほどなあ。私が始めた動機は… やっぱり刀がカッコいいからだったかなあ」
ドサドサっと雪が屋根から落ちる音がした。
「こんな大雪は久しぶりですね」と橋野が言った。
道場の屋根からはまた雪が落ちてきた。
そうこうしているうちに昼食の時間になった。
台所で、膳を出して二人で昼飯を食べる。寒いので汁物が多い。質素な食事だ。数馬は「金がなくてすまんです」と謝ったが、橋野は「とんでもないです。十分ですよ」と笑った。
飯の後、道場の庭を雪かきし、橋野と終わりの礼をして、橋野は帰宅した。数馬は道場で素振りをして体を温めた。そして夢想神伝流の中伝と奥伝をやり、正座をして、神棚に二礼二拍手一礼をして帰宅した。

数馬が長屋に戻ると、また雪が降り始めた。
雪は夜まで降り続いた。

川合玉堂 桜田門外の雪