「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(39)門弟を破門したこと

数馬はある門弟が気に入らなかった。
「心」ができていないのである。
これから成長する見込みがあればまだましだが、その気配もない。

居合が下手でもいい。「下手の横好き」とも言う。
好きでやっているなら、それでいいと思っている。「好きこそ物の上手なれ」と言う。
北添数馬を愛するよりも、居合を愛して欲しい。
大会には、下手でも稽古熱心な門弟を出場させた。成績は悪くても場数を踏めばいいではないか。居合のテクニックが巧妙でも、熱心に努力する姿を見るのが、数馬にとって一番嬉しいのである。大会で北添道場の名が有名にならなくてもいい。頑張ってくれる門弟がいるのが嬉しい。
上達しなくても頑張っている門弟には、年に一度、顧問の山岡鉄舟に頼んで賞状を揮毫してもらい、刀剣の手入れ用具を記念品として授与していた。一生懸命「心」を磨いている門弟に声を荒げることはしなかった。

数馬が気に入らない門弟は…
稽古に来ないのである。いや、来られないときがあってもいい。
仕事は人それぞれであるから、遅刻しても構わないし、週一日でもよい。
その門弟は数馬に約一年ほど、何も連絡をよこさなかった。
数馬は心配したが、「便りがないのは元気な証拠」とも思って、さほど気にしていなかった。
しかし… 
稽古仲間とは常に連絡を取り合っているようなのである。しかも他の道場に出入りしていると聞く。北添道場は、放置しておいて…
ある門弟から、その情報が数馬の耳に入って来る。
そしてもう一年が経ったころ、気まぐれに道場に現れたのである。
「師匠、私は毎日素振りをしていました」
嘘は一発で分かった。柄を見れば分かる。
第一、素振りができるほど、天井は高いのかね。

数馬が何よりも気に入らなかったのは、連絡をよこさなかったことだ。
そして気まぐれなのが一番困る。

旅をするのは気まぐれでも面白いのだが、居合は困る。
数馬も門弟ひとり一人の性格を知り、頭の中でカリキュラムを組んでいるのである。
この門弟には、これを教えよう、あの門弟にはあれを教えよう…と。
長いこと休むなら、一言欲しかった。「先生、しばらく休みます」と。
途中で連絡が欲しかった。「いま、こういう状況です」と。
数馬も長いこと稽古ができないときがあったが、師匠には連絡をしていた。
それでトラブルはなかったのである。

数馬はだんだん頭に血が上り、別室にその門弟を呼び出した。

「破門する。なぜ一言もないのかね。稽古仲間とは連絡をとっているだろう。北添道場は放っておいて、他の道場に出入りしているというではないか」

門弟は何も言えず、黙って道場を出て行った。

(イメージ)