「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(41)門弟の腹痛が…

門弟の住吉大作が、居合の稽古前になるとお腹を下すという。
「先生、私は稽古が嫌いというわけではありませんし、先生も信頼しています。でもなぜか稽古前になると下痢します」
住吉は深刻そうに話した。
「よく打ち明けてくれました。それは私が居合の初心者の頃と同じだ。やることは分かっているし、先生も優しかったが、緊張して体調が悪くなるんだよね。稽古前は下痢止めを飲んでいたよ。“習うより慣れろ”で、何とか頑張ったが、やっぱり稽古前はお腹の調子がわるくなる。もっとも今では大丈夫ですが」
数馬は続けて、
「稽古をしているときはどうですか?」
と、住吉に質問する。住吉は、
「稽古をしているときは、大丈夫です」
「それなら、こういうのはどうですか? 稽古は見学するつもりで来る。きょうは見学だ、稽古はやらないぞ、という気持ちで来るのです。そして体調が悪ければ見学をしていてもいいし、体調が良いようなら稽古をする」
と数馬は提案した。
住吉は、
「それは名案です!」
と、目を輝かせて喜んだ。

数馬の案を受け入れた住吉は、さっそく「見学」するつもりで道場へ出かけた。お腹の調子は悪くない。稽古が始まっても大丈夫だ。これを何回かやってみた。以前よりもお腹が痛くならなくなったのである。
“これは素晴らしい!” “先生のおっしゃる通りだ!” 住吉は以来、数馬から教わったことを忠実に守って日々の鍛錬を欠かさず行った。すると身体が自然に動きはじめ、習うより慣れろとの言葉通り、稽古が面白くてしょうがなくなる。
しかし、住吉はただ稽古をしただけで上達したわけではなかった。経験と努力が加わり、彼の技はさらに磨きがかかっていく。
住吉は嬉しかった。
「先生、常に新しい発見があります」
数馬も嬉しくなった。そして住吉の稽古を徐々に厳しくした。
しかし住吉は弱音を吐かない。
「先生、もっと厳しくお願いします」
「よし、わかった! が、あまり無理はしないように。楽しむのも大切です」
と数馬は答える。そしてさらに厳しい稽古をするのである。その繰り返しで住吉の技はますます磨かれていくのだった。

ある日のこと、いつものように数馬が住吉に居合の指導をしていると、
「先生、私は先生に習ってから上達しました。しかしまだ技に納得がいかないのです」
住吉は思い詰めた顔で言った。数馬は住吉の気持ちを察して答える。
「それは私も同じだよ。でも、それでいいんだ」
「どうしてですか?」
住吉は不思議そうに尋ねた。
「技に納得がいくということは、自分の限界を認めることになるからだ。それは同時に成長を止めることにもなる。だから私は常に自分の限界を疑っている。だから、この技はもっと磨けるのではないか? といつも考えている」
数馬は強い口調で言った。住吉は納得したように頷いた。そして住吉は更に稽古に打ち込んだ。