「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(24)朝顔を育てる武士

数馬の長屋にはいろいろな住人がいる。令和の賃貸アパートもそうであるが…
数馬の隣の住人は弘前(ひろさき)藩の下級武士で、平井源之進という。朝顔を丹念に育てている。
もちろん種を植えるところから始まり、頃合いを見計らって細い竹の棒を立て、それに朝顔の弦が巻き付いて、上を目指して育っていく。夏になると紫色の花が咲く。

種から育てると手間暇がかかるが、「盆栽」としてならすぐに育って美しい花を楽しむことができる。数馬はその鉢植えを一年ほどやってみたことがあるが……あまりうまくいかなかった。
(やっぱり自然のままで育てるのがいいよな)
それでも数馬は毎年、紫色の朝顔を見るたびに思うのだ。
(紫の朝顔はきれいだ)と。

平井は、朝顔の種を植えたところから「観察日記」をつけている。見せてもらったが、絵も上手い。

「北添さん、きょうの朝顔の花、見てください。みな同じように見えるんですが、それぞれ違うんですよ」

そうなんだ。数馬には同じ花にしか見えないが…
「どうやって見分けるの?」
「花の真ん中に朝顔特有のあの模様があります。そこを目安にするといいですよ」と教えてくれた。
「ほう、なるほど!」
数馬は、平井が育てている紫色の朝顔の鉢植えを眺めてみる。確かに模様が違う。
「たとえば、正宗と吉光の刀は一目で違いがわかります。しかし、それは誰が見てもわかるというわけではない。わからない人にはわからないのです」
「そうだろうな」
「つまり、刀を鑑賞する人それぞれによって、好みの分かれるところがありますね。たとえば拙者のこの鉢植えを見てください。花がこのように五輪ついていて、みな同じ形の花が咲きます」
「うむ」
「でも拙者は、紫色の朝顔がとても好きでしてね」
「その、模様は?」
「そうなんです。この朝顔は、よくご覧になってください。花の真ん中の模様が『すじ』に見えますが……」
平井の言うとおりだ。
「拙者はね、この朝顔だけを盆栽にして育てることにしました」と平井は笑って言った。そして、この朝顔が咲くととても嬉しいという。
紫色の朝顔が好きな者は数馬だけではなかったようだ。

ちなみに…朝顔・昼顔・夕顔・夜顔がある。
仲間外れなのは「夕顔」である。夕顔だけ「ウリ科」である。

「東都入谷朝顔歌川広重