「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(38)暗闇

江戸の夜は漆黒の闇である。「提灯があるではないか」と思われるだろうが、実に頼りない。提灯の灯りは、そこに人がいる、という知らせのようなもので、道を照らすことには程遠いものだ。「無いよりまし」という程度である。
北添数馬は、普段は夜道を歩かないことにしているが、馴染みの居酒屋でしこたま飲んでしまい、暗闇になってしまった。
居酒屋の主人が「これをどうぞ」と、提灯を持たせてくれたが… 

数馬は背後に殺気を感じた。提灯を背後に放り投げた。
刃が数馬の頭上に振り下ろされてきた。
数馬は刀で受け流した。
受け流すというのは、“その場凌ぎ”でしかない。さらに敵に太刀をお見舞いせねばなるまい。ちなみに刃では受けず鎬(しのぎ)で受け流す。これは「鎬を削る」という語源でもある。

真っ暗なので、敵の形相までは分からない。相手の息遣いに集中する。僅かな音でも聞き逃さない。幸いにも満月である。
敵は、上段から斬りつけてきた。
数馬は、それをかわして相手の懐に入り込み……一刀両断にした。
相手は絶命したようだ。数馬は、刀を鞘に収めた。
そのときだった。
再び、殺気を感じた。
数馬は横っ飛びに転がった。
刃が振り下ろされた。
相手は、再び斬りつけてきた。
数馬は、刀を横に薙いで一刀両断した。
敵は絶命したようだ。
「お見事」と声がしたので振り返ると、そこには侍がいた。
侍は、「この者、斬ったのはうぬか」
数馬は答えた。
「いかにも」
「見事な腕だ。名は何という?」
「北添数馬と申す」
「わしは、山下源五じゃ」と侍は言った。
「して……山下殿は何故、私を襲わんとする?」
山下は、答えた。
「うぬが手練れだからだ。手練れの者を討つは、わしのような腕の立つ侍の誉れだからな」
「左様ですか」と数馬は言った。「それならば山下殿、私と立ち合いましょうぞ。私が勝てば山下殿は斬られる。山下殿が勝てば、私は斬られる……ということで」
「うぬごときに負けはしない」
山下は刀を構えた。数馬は刀の鯉口を切ると同時に、源五に斬りつけた。
山下は受け流した。明かりがない。月光が頼りだ。刀身が月光できらめく。
「お見事」と数馬は言った。「山下殿の剣筋を見ただけでござりまするぞ」
しかし、その一言が山下を逆上させてしまったようだ。
山下は、雄叫びをあげて斬りかかってきた。
“やられる”……と思ったとき、声がした。
南町奉行所同心、鶴見源之丞! 北添さん、助太刀いたす」
すると山下は、
「二人まとめてかかってこい!」と叫んだ。
数馬は、脇差を左手に持ち替えた。
鶴見は、刀を抜いた。月光で刀身がきらめく。
山下は、雄叫びをあげて斬りかかってきた。その一撃を鶴見が受け流し……
数馬も刀を受け流した。そして数馬が一刀を振り下ろす間に、鶴見は、もう一刀を浴びせかけた。

山下源五は絶命したようだ。
慣れない夜道で、鶴見がやってきたことは、数馬にとって心強かった。
「助太刀ありがとう!」と数馬は言った。
「いえいえ」と鶴見は言ったが……「ところで北添さん。どちらへ?」と訊ねた。
「はっ……実は、酒をたらふく飲んでしまいまして……」
「お酔いですか」
「はあ、そうです」
数馬は刀を鞘に収めた。そして鶴見と共に歩き出した。