「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(25)大道芸にチャレンジ!

口入屋の仕事だけでは、不安定である。長期に仕事にありつければいいが、単発の仕事ばかりだと、仕事のない日が出来てしまう。
他に何かないか…

と、思いついたのが大道芸である。
数馬ができそうなのは二つ。
「叩かれ屋」
「蝦蟇(がま)の油売り」

まず、叩かれ屋。

「さあさあ、腕に覚えのある者は、拙者と立ち会われてみよ。一回十五文。拙者は扇子一本でお相手致す。獲物はこの木刀を使ってよろしい。拙者に掠ったら一朱、見事叩きのめしたら、一両! さあ、十五文で腕試し! いかがかな?」

小柄な町人が「お願いします!」と十五文差し出し、数馬が木刀を貸す。
町人は木刀を構え、「えい!」と数馬に打ち込む。
数馬はひらりと体を躱し、終了。
「お兄さん、またお願い致す」

次は武家の娘と思われる女性。数馬に十五文を渡す。数馬は木刀を渡す。
女性は木刀を八相に構えた。数馬も扇子を構える。
「えいっ!」と女性が打ち込んできた。その前に数馬の扇子が女性の肩を軽く叩いた。

その次は、武士だ。
「それがし、紀州藩の種村信一郎!」と名乗る。
「北添数馬と申す。まず十五文いただこう!」
これはたぶん手強いぞ。
武士は木刀を正眼に構える。数馬も扇子を構える。
武士は木刀を突いてきた。数馬はそれをよけ、扇子で武士の頭をペシっと叩いた。
十五文、そのままいただき、である。

そう、次々と客は現れない。暇なので「南京玉すだれ」を見る。
見ている途中で一人、挑戦者が現れた。武士である。
「拙者、上総は飯野藩、浜田源助!」
「北添数馬と申す。十五文いただこう」
木刀を渡すと、武士は八相に構えた。
武士が打ち込んできた。数馬は躱したつもりだが、胸を掠った。
「では、お約束の一朱… あいや、待たれい! これでは拙者の面目が丸つぶれな故、その一朱でもう一度立ち会われたい! 打ちのめしたら一両進ぜよう」
「真剣ではどうか」
「望むところ。お相手いたそう」と数馬。

真剣勝負なので、観客が集まってきた。数馬は観客が増えたこと=挑戦者が増える、と喜んだ。

相手はやはり八相に構えた。その瞬間、数馬は相手の間合いに入り、刀を鞘ごと勢いよく抜き出し、柄頭を相手の顔面に食らわせた。武士は呻きながら、「負けた…」
数馬は一朱をとりかえした。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

お昼の弁当を食べて、次は「蝦蟇の油売り」である。開始の刻限を決めておいたら、観客が集まった。
「え~、本日はお天気がよろしゅうござるな。そこのお兄さん、出身はどちらかな?」
「越後です」
「そうか、越後は雪が深いでござるな。雪が深いと何かと大変でござろう」
といった具合で、観客との一体感を深める。蝦蟇の油売りは令和でいう「実演販売」である。
「では刻限になったので、始めるでござる!」

蝦蟇の油売り口上の基本はこうである。
・口上の文句を理解し暗記する。
・お腹から大きな声で、メリハリのある語り言葉は、はっきりとする。
・演技は出来るだけ大きく分かりやしく表現する。
・お客様の目や表情、動きを見て語り、自信を持って演技をする。
・お客様の心と会話し楽しく創意工夫をして進める。
・小道具等準備をしてから演技をする。
・蝦蟇の油の効能まで納得いただき即売会となる。

(※実際の口上は長いので、適度に省略します。数馬)

「さあさあ、お立ち合い。御用と忙ぎでなかったら、ゆっくりと聞いておいで。
遠目山越えは笠の内。聞かざる時は、物の出方・善悪・黒白がトーンと分からない。
山寺の鐘がグォーングォーンと鳴ると雖も、童子一人来たって鐘に撞木をあてざれば、
鐘が鳴るのか撞木が鳴るのか、トントその音色が分からぬのが道理じゃ」

「如何に芸当が上手であろうとも、投げ銭や放り銭はおことわり。泥のついた投げ銭・放り銭なんか、バタバタ拾うようなことはいたしませぬで。
しからばお前、投げ銭や放り銭貰わねえで何を以って商売としているのかい。
何を以っておまんまを食べているのかい、と心配なさる方があるかも知れないけれども、
これなる此の看板示すが如く、筑波山妙薬は陣中膏ガマの油
此のガマの油という膏薬をば売りまして、生業と致しておりまするで」

「此の蟇から此の蟇の油を採るにはどういう風にするかって言いますと。
まずはノコタリノコタリ急ぎ足、木の根、草の根踏みしめまして山中深く分け入り、
捕えきましたるこの蟇をば、四面に鏡を張り、その下に金網・鉄板を敷く。
その鏡張りの箱の中に此の蟇を追い込む。さー、追い込まれたガンマ先生。
鏡に写る己のみにくい醜い姿が四方の鏡にバッチリと写るからたまらない。
我こそは今業平と思いきや、鏡に写る己の姿の醜さに、ガンマ先生びっくり仰天いたしまして、御体から油汗をばタラーリタラーリタラーリ流しまする。
その流しましたる油汗をば、下の金網からググッと抄き取り集めまして、
三七は二十と一日の間、柳の小枝をもちまして、トロリトロリトローリとよく煮炊きしめ。
赤辰砂、椰子油、テレメンテーナ・マンテーカという唐・天竺・南蛮渡りの妙薬をば合わせまして、
よく練って練りぬいて造ったのが、これぞ此の陣中膏ガマの油の膏薬でござります」

と、油の製造方法を解説。

「しからば、ガマの油の膏薬何に効くかと云うなれば。まずは疾に癌瘡火傷に効く。瘍・梅毒・罅・霜焼・皸だ。前に廻ったらインキンタムシ。後に廻ると肛門の病い。
「こうもん」の病と云っても水戸黄門様が病気になったんじゃないよ。
此れを詳しく云うなれば、出痔に疣痔・走り痔・切れ痔・脱肛に鶏冠痔。
鶏冠痔というのは鶏の鶏冠のように真っ赤になる痔で痔の親分だ。
だが、手前の此のガマの油をばグッとお尻の穴に塗り込むというと、三分間たってピタリと治る。まだある。
槍傷・刀傷・鉄砲傷・擦り傷・掠り傷・外傷一切。まだある」

効能・効果を説明する。「万能薬」かと思いきや…

「残念乍ら効かねえものが四つあるよ。
先ずは恋の病と浮気の虫。あとの二つは禿と白髪に効かねえよ」

と、効かないものも説明。令和の時代では蝦蟇の油は薬事法にひっかかる。
いよいよ佳境だ。

「ハイ。ここに一枚の紙がござりまするので、これを切ってご覧に入れる。
ご覧の通り、種も仕掛けもござりませぬ。ハイ。一枚が二枚。二枚は四枚。四枚は八枚。八枚は十六枚。十六枚が三十と二枚。三十と二枚が六十と四枚。六十と四枚が一束と二十八枚。エイ。これこの通り細かく切れた。
パーッと散らすならば、比良の暮雪か嵐山には落花吹雪の舞いとござりまする」

ちょっと風がある日が良い。紙が花吹雪のように散っていく。「ゴミになるではないか」と思うのは野暮なもの…

「(刀の刃が)さわっただけで赤い血が出ましてござりまするで。ハイッ。これこの通り赤い血が出ましてござりまするで。だが、お立ち合い。血がでても心配はいらない。
なんとなれば、ここにガマの油の膏薬がござりまするから、この膏薬をば此の傷口にぐっと塗りまするというと、タバコ一服吸わぬま間にピタリと止まる、血止めの薬とござりまする。これこの通りでござりまするで」

と、刀で腕を傷つけ、蝦蟇の油で出血を止めるということなのだが…
数馬はうっかりして、斬れない刀ではなく、真剣を使ってしまった。
血が止まらない。観客がどよめく。うっすらとしか切っていないので致命傷にはならない。焼酎を吹きかけて消毒をして、仕方がないが、包帯を巻く。

……まあ、こういう失敗もござれば……

「さあて、お立ち合い。お立ち会いの中には、そんなに効目あらたかなそのガマの油、一つ欲しいけれども、ガマの油ってさぞ高けいんだろうなと思ってる方がおりますけれど、
此のガマの油、本来は一貝が二百文、二百文ではありますけれども、今日ははるばると出張っての御披露目。男度胸で、女は愛嬌、坊さんお経で、山じゃ鶯ホウホケキョウ、
筑波山の天辺から真逆様にドカンと飛び下りたと思って、その半額の百文。二百文が百文だよ。さあ、安いと思ったら買ってきな。効能が分かったら、ドンドン買ったり買ったり」

町人「打ち身や捻挫には効くかね?」
武士「流行り病は。妻が寝込んでいまして…」
商人「気鬱には効きますか? 梅雨になると気鬱になるんです」
町人「痛風はどうだね? ときおり足の親指が激痛で…」

数馬「塗り薬ですからちょっとねえ… 小石川養生所ならただで診察してもらえますから、そちらに行かれてみては… 私もこの傷を診てもらいに養生所に行きますので」

「叩かれ屋」はまあまあだったが「蝦蟇の油売り」は失敗であった。切り傷に効かないことを証明してしまったし、何より観客の要望と合わないのであった。

元祖・叩かれ屋「刺客請負人」