「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(26)萩と名物少年

長州藩士の桂小五郎(後の木戸孝允)が、所用があって萩に帰るという。
「北添さん、萩には面白い少年がいますよ。剣を直角に斬るのです」
何が何だかよく分からない数馬だったが、萩を案内してくれるとのことで、小五郎について行くことにした。

江戸から萩まで、約ひと月かかるそうだ。
江戸から東海道で京の伏見へ。伏見から淀川で大坂へ。大坂から船で三田尻へ。萩往還で萩へ。これは長州藩の参勤交代のルートである。
数馬は船が駄目だった。寝た状態の数馬を小五郎はときおり様子を見に来た。長州に誘ったからには責任があると感じているらしい。
「こごちゃん、ありがとう」
「いえいえ、大したことではありません」
数馬は小五郎のことを“こごちゃん”と呼んでいる。

萩往還を歩き、松並木の間に萩の町が見えてきた。別れを惜しんで涙し、また帰った時には嬉し涙を流したということから、いつしか「涙松」と呼ばれるようになったと、小五郎。数馬は「吉田松陰先生はこう詠みましたよね。“かえらじと思いさだめし旅なれば、一入(ひとしお)ぬるる涙松かな”」
小五郎は「よくご存じです。そうやって覚えていて下さる方がおられると、松陰先生も喜ぶでしょう」と。令和の現在では、石碑がある。

「とりあえず私の家で休憩しましょう」と呉服町の家に案内してもらった。
木造瓦葺の二階建ての家である。

「こごちゃん、これはもしかして!」
「はい、私の書です、いや、お恥ずかしい」
小五郎の幼少時代の手習いの書を表装した掛け軸がある。
数馬も書道を習っていて、展示会用に表装したものがあったが、もう実家には無いだろう。
「北添さん、ちょっと街を歩いてみませんか?」と、萩の町を散策することになった。
萩の町を歩く。塀が続いていて、屋敷の中庭には夏みかんが植えられていて、黄色い実をぶらさげている。萩といえば夏みかん。すでにこの時代にはあったのだ。
途中、茶店に立ち寄る。主人と小五郎は親しい間柄のようだ。会話で分かる。
「このお方、江戸の友達で、北添数馬さん。ほら、明倫館に名物少年がいるでしょう。それを見たいとのことで、萩まで」
「それは、それは遠いところからようこそ。これは夏みかんのお菓子です。桂さんのお友達とのことで、どうぞ」
と、お茶にお菓子が添えられた。
「これはこれは。萩にも美味しいお菓子があるんですね、ありがとうございます」と数馬。
藍場川ぞいにある湯川家へ向かう。
藍場川は江戸時代中期に造られた生活用水路である。石橋が地上より高いのは水運があるからとのこと。太ったニシキゴイが悠然と泳ぐ。
小五郎が、
「この方、北添さんと言って、江戸から来ましてね。湯川家を見学させてください」
「それはそれは!どうぞご遠慮なく」と主人。
湯川家は二三石の下級武士の家であるが、川の水を引き込んだ庭園が風流である。またその水が台所へと流れ、水をうまく利用している。屋敷の一部が斜めに川の水面へと続いているが、ここは風呂場で、川の水を居ながらにして汲むことができるようになっている。そのように水に近づけるようにしたところを「ハトバ」というそうだ。
令和で言えば「親水」の発想である。
「下級武士の家のほうが自然に囲まれています。上級武士の家は土塀に囲まれているし、下級武士のほうが風流な生活をしているのでは」と、小五郎。
 
豪商の菊屋家に行く。ここで小五郎は菊屋夫人につかまってしまう。数馬が紹介されると「まあまあ、これはこれは!」と手を叩いて大歓迎である。そして「あまり細かいところは追及せんといてくださいね」と笑う。
菊屋家は全国でも最古に属する町家で、母屋は一六五〇年代に建てられたといわれる。藩の御用達となっていて、藩の借用書が山のようにあるのが悩みだという。返済より借用が多くて、大変らしい。
母屋の中を見学させてもらう。豪商の生活を垣間見ることができる。数多くの調度品がある。

口羽家の長屋門は萩の武家屋敷のうちでは最大のものという。「口羽」という表札が素朴に掲げられているのもよい。「鍵曲(かいまがり)」といって、道がクランク状になっている箇所がある。遠くから見ると行き止まりにも見え、それで外敵を惑わせるのだという。

小五郎が、
「数馬さん、美味しいコーヒーを飲みましょう。私がご馳走しますから」

本川に近いところの小川(こがわ)家の長屋門で、小川家が「長屋門珈琲」を経営している。

「小川さん、ご無沙汰しております。コーヒーを二つ」
「こちらの御方は?」
「江戸の方で、夢想神伝流の北添数馬さん。日本各地を訪ねて、原稿を書いているそうです。たぶん小川さんのことも書かれますよ、きっと。明倫館の名物少年を見たいとかで…」
「ああ、明倫館の石垣直角君ね。申し遅れました。それがしは町奉行の小川厚狭佐(こがわあさのすけ)と申します。きょうは奉行所はお休みですので、それがしがコーヒーを。普段は妻に任せていますが。でも嬉しいね、桂さん。こうやって江戸の方がいらっしゃって。それがしも一度行ったことがあるが、江戸は遠い…」

町奉行が直々に淹れて下さるコーヒーである。これだけでも長州・萩に来た甲斐があると言ってもいい。

コーヒーを飲み終え、

「北添さん、明倫館に行ってみますか!」
「はい、喜んで」

萩藩校明倫館に向かう。有備館という剣槍道場があって、入り口に「他国修業者引請場」と掲げられている。いまの刻限は誰も使っておらず、窓から光が差し込んで、道場の床が光っている。

「北添さん、せっかくなので、北添さんの居合を見せてください」
「いやいや! 三大道場・練兵館の塾頭先生にお見せできるほどのものでは…」
「私は北添さんの“夢想神伝流”というのに興味があります。是非にも!」
「それでは…」

まず「初発刀(しょはっとう)」をやる。こめかみに抜き付け、さらに真っ向から斬り下ろす。居合の基本かつ奥義の技である。
「こごちゃんもやってみます? 私が教えますから」
「いやいや、もっと見せてください」

・稲妻(いなづま)・浮雲(うきぐも)・岩浪(いわなみ)・滝落(たきおとし)

演武が終わった頃に一人、少年が「失礼します!」と、道場に入ってきた。
小五郎が「名物少年、登場です」と言う。
「石垣くん、こちら、江戸から来た、北添数馬さん」
「北添さん。俺、石垣直角といいます」

ああ、やっぱりと数馬は思った。
おれは直角』(小山ゆう)の主人公である。彼は明倫館の学生という設定だが、本当だったんだ…。
「石垣くん、北添さんは、石垣くんの“直角切り”を見たくて江戸からやってきたんだ」
「では、やってみせます」
確かに直角に木刀を振っている。歩き方も直角だ。
「俺は父から“武士道とは曲がることなく直角であるべし”と教わってきたんです」

なるほど、それで全てが直角なのだ。萩も案内してもらえたし、名物少年とも出会えたし、数馬は満足していた。

おれは直角」(小山ゆう) 石垣直角は明倫館の学生