「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(27)仇討ちの助太刀

津山藩士の田野倉新之助が北添数馬の長屋にやってきた。
長屋の部屋で酒を酌み交わす。
「田野倉さん、津山ですよね。津山といったら箕作阮甫(みつくりげんぽ)先生ですね」
と言ったら、
「そうなんです。嬉しいです。箕作先生は亡くなりましたが、門下生だったんです」
(※箕作阮甫津山藩士、蘭学者である。蘭方医を始め、語学、西洋史兵学、宗教学など広範囲にわたり洋学を修め多方面で活躍した。数馬が江戸時代にやってきた文久三年に亡くなっている)
「ほら、津山駅前に箕作先生の銅像があるでしょう!」
津山駅? 銅像?」
数馬は、しまった、余計なことを言ったと思った。

「ところで北添どの! お願いがありまして」
「何でしょう」
「仇討ちの助太刀をお願いしたいのです」
「え? それがしでいいの?」
「仇討ち免状もあります。このとおり」(※手続きが早すぎると思う。数馬)

仇討ちの場合、届け出て許可をもらわないと、単なる殺人罪になってしまう。仇討ちが認められるのは、殺害された対象が親や兄といった具合に「目上」の人で、妻や年下の兄弟、子供の場合は不可であった。敵を探すのに生涯を捧げるというパターンも多い。
田野倉の場合、兄の恭太郎が何者かによって、夜に襲撃されたという。

数馬は夜に出掛けないようにしている。福沢諭吉もそうであったと聞く。
江戸時代の夜は漆黒である。街灯はないし、家の光が少し外に漏れる程度で、足元が見えない。夜はとても歩けない。時代劇でよく提灯が出てくるが、「自分がここに居ますよ」と知らせるようなもので、ライトのように先を照らすものではない…

「敵の人相風体は分かっているのですか?」
「はい、このとおりです」

“身の丈、五尺五寸ほど。細面。頬に刀傷がある。鞘の色は茶色”

「そして人相はこれです」と、絵師に描かせた顔の絵を見せた。
でもこれはあまり当てにならない。
「う~ん、どちらに逃げたのか…」
甲州道中の方向へ行ったそうです」
「それなら、甲州道中をたどっていくしかなさそうだな… 甲府までに捕まればいいが…」

とりあえず、二人で甲州道中を西に進んだ。
「鞘の色が茶色って、もしかして、このような?」
と数馬は自分の刀の鞘を見せる。
「そうだと思います。茶色の鞘って珍しいですよね」
「そうそう! これ、居合道の大会でも目立つの!」
居合道の大会? 居合の試合があるのですか? まさか斬り合うんじゃ…」
「そんなことありません。二人ならんで演武して、どちらが良いか競うのです」
「へ~、そうなんですか、居合の試合って」
「それで私は個人出場で“優秀演武賞”をいただきました」
「そんなにすごいんですか、数馬さんは!」
「貰ったのは、刀の手入れ用具でしたけどね」
「あ、そうそう!団体戦もあるんですよ。「先鋒、次鋒、中堅、副将、大将」を決めてね。私は中堅でした」
「中堅って大事な役割ではないですか!」
「全員負けましたけどね」
田野倉は、内心「この人に助太刀をお願いしたが、大丈夫なのだろうか」と思った。

二人は八王子を過ぎて、小仏(こぼとけ)までやってきた。だんだん山深くなってきた。
小仏関所があるので、関所役人に聞く。

“身の丈、五尺五寸ほど。細面。頬に刀傷がある。鞘の色は茶色”

すると、半時(はんとき・一時間)ほど前に確かに通ったという。追いつけるかもしれない。
数馬は喜んだ。あまり長旅にはならなそうであるからだ。
数馬は気鬱痛風の持病がある。江戸を出る前に小石川養生所の榊原医師に頼んで、薬を多めに処方してもらった。

「北添さん、見つかりそうです」
「ともかく、先を急ぎましょう!」

一時(いっとき・二時間)ほど歩くと、茶店があって、そこで茶を飲んでる武士がいた。人相風体が同じである。数馬が声をかけた。
「おぬし、もしかして、先日、人を斬らなかったか? 番町(ばんちょう)で」
武士は、お茶を放り出して逃げようとした。
武士はまだ刀を抜いていない。数馬はさっと武士に近づき、刀を鞘ごと抜き上げ、柄頭を顔面に食らわした。勢いと間合いを間違えたのか、刀が鞘ごと体からスポっと抜けてしまったが、武士が怯んだ。
「田野倉さん! いまです! 早くとどめを!」
「北添さん、かたじけない! 兄上の敵!」

田野倉が、武士の水月を突き刺した。そして、刀を引き抜くと、袈裟がけに斬った。
「田野倉さん、お見事でした! 良かったですね!!」
田野倉はほっとしたのか、震えてしまっているのか、体が動かず、座り込んでしまった。
手が硬直しているため、刀が手から離れず、刀を納められないでいる。
数馬は田野倉の手の指を一つひとつ柄から外していき、刀の血を懐紙で拭き取り、田野倉の鞘に納めてやった。

<仇討ちの手続き(一例)>

願人(討手)
↓届け出

町奉行(京は「京都所司代」他の藩では「藩主」)
↓届け出

幕府
↓認可 (個人情報が登録される)
仇討ちの証文を発行(手続完了・助太刀の分も必要)

↓届け出

武家屋敷の辻番所
↓届け出

大目付(討手の供述をもとに「検視」を行う)