「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(49)交通事故と寛解

数馬はぼうっとしていたのか、馬車にはねられ、小石川病院に運ばれた。

「北添さん、元気かね?」
小石川養生所の医師だった榊原甚助である。いまは小石川病院の院長をしている。
「ああ、ご無沙汰しております。このとおり、元気ではありません…」
「全治三か月です。肩の骨を骨折しています。腱板を損傷しています」
「完治しますか?」
「治療の経過を見てみないと分かりません。ただ、懸念されることは、骨が変形していることです。ともかく、手術はしなくて済みそうですから、毎週通院してください」
と、三角巾で腕を吊るされ、バンドで腕を固定された。

一か月目…
骨がくっついてきたので、リハビリである。リハビリは高木安之進が担当である。
「北添数馬さんですね。高木安之進と申します。リハビリを担当します」
「宜しくお願いします」
「これは先生と相談していることなのですが、日常生活を送れることを目指します。居合をはじめ、武術は日常生活ではないので、場合によっては諦めることも肝心です」
「……」

数馬は黙っている。高木も黙々と数馬の腕を動かしている。時折、
「痛くないですか? この動きは大丈夫ですか?」
と聞いてくる。
30分ほどであろうか。入念に肩と腕を動かした。

三か月目…
榊原医師「北添さん“寛解(かんかい)”です。今回の負傷は完治しないのです。今の医学では無理なのです」
「そんな」
「でも北添さん。“寛解”というのはとても大切なんですよ」
「はあ?」
「皆さん、当然のごとく“完治”を目指している。それは当然で、医師の私も全力を尽くすのですが、寛解という言葉を知っていると、人生が少し楽になるのではないでしょうか。
「?」
「人生、誰もが完璧でないのです。完璧主義になると、他人に八つ当たりをしたり、自分が苦しんだり、あまりいいことがないのです。寛解、つまり症状が固定し、それ以上進行しないこと、日常生活が送れること、これが一番いいのではないかと思います。もちろん医師と患者も完治を目指して全力を注ぎますが、寛解という選択肢を是非視野に入れていただきたいのです。日常生活を送れない人、特に高齢者の方。多いでしょう。いかに日常生活が大切なことか…」

なるほどと思う。
そしてリハビリである。
リハビリの高木先生には「袴がはければいいですから。袴は私にとって日常生活です!」と前回伝え、きょうは袴を持参していた。
「高木先生。榊原先生にも言われたのですが、寛解だそうで… 前回お話ししたように袴がはければそれでいいですから…」
と、数馬は袴をつけはじめた。
袴をつけると、やはり背筋が伸びる!! 気持ちいい!
「北添さん、いいじゃありませんか。袴の紐、しっかり結べましたね。おめでとうございます!」

数馬の肩の骨折は後遺障害になったが「一応」、落着したのである。