「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(39)暴れ医者、菊川源十郎

菊川源十郎は「暴れ医者」として、表ではなく、裏の世界で知られている。
表向きは蘭方医をしているが、裏の世界ではびこる悪党をメスで成敗する。
それゆえ、裏の世界では恐れられていた。
また、医者としての腕は超一流であり、命が助からないと言われていた患者を治療して一命をとりとめた者も多くいる。
そんな彼は、老若男女を問わず患者を診る。
金に困っている者、病で苦しんでいる者は皆彼のところにやってきて、その腕を存分にふるってもらうのであった。

北添数馬が夜道を歩いていたときである。
夜は出歩かないことにしているが、所用があり、仕方なかった。その帰り……
六人の武士に取り囲まれてしまった。
「お主の命を頂戴する」
数馬の居合は、四人までしか対応できない。全剣連居合の「四方切り」が最大人数である。
そこへ「加勢致す!」と、菊川が仲間に加わった。
数馬が三人の敵を切り倒したとき、菊川は手術用のメスを手裏剣を投げる要領で、三人の敵を突き刺した。どのメスも急所に刺さり、敵は絶命した。

「申し遅れました。北添数馬と申します。助けていただき、ありがとうございます」
「私は菊川源十郎。医者をやっています。影では“暴れ医者”と言われています。あの、おぬし、宜しかったら、私と組まないか。居合の技が見事だった。冴えのある剣だった。もし二人が組めば、大勢の悪党を成敗できるかもしれない」
「はい。喜んで」

数馬と菊川の出会いであった。
次の日から二人は、江戸の町の悪党退治を始めた。数馬の居合と菊川のメスさばきは見事に一対をなし、次々と悪党を成敗していった。
裏でのことなので、表に知られるとまずい。なので、悪党退治は、主に夜に行う。

ある日の夜、菊川と歩いていたときだった。
八人のごろつき浪人が、一人の町民を囲んでいる。
「いま、お前、ぶつかって来たろう」
「はい、こうしてお詫びを致しております」
と、町人は八人の真ん中で土下座している。町人も恐いだろう、八人に囲まれては。数馬も八人という人数は初めてだ。

菊川はそれを見て、
「町人が謝っているではないか。なぜ許さないのだ」
「これから、この町人をいたぶる、って魂胆よ」
「許せねえ!」
と、菊川は言うと、メスを投げて四人に命中した。数馬も四人の武士を切り捨てた。

菊川は、「北添さん、いいねえ! やっぱりいい刀捌きだ」
数馬は、「いえいえ、菊川先生こそ、メスでいっぺんに四人も“手術”して」

数馬は、昼間に菊川医師を訪ねた。同心の鶴見源之丞に居合を見せたとき、左腕に怪我をしたのだが、その跡が膿んでいるようなのである。腫れぼったいし、熱を持っている。
菊川医師は、「これは切開しなくちゃダメだな。この腕でよく平気で居合ができるものだ」と呆れたように言った。

もし患部を切開したら、しばらく通院するであろうし、この「暴れ医者」とは、当分つきあうことになりそうだ。

今回の話の元ネタ