「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(4)職業体験 「同心」

南町奉行所で「同心」の体験ができるというので、申し込んだ。
町奉行は行政・司法など、守備範囲が広い。北町奉行所もあり、「月番」といって、ひと月交代で業務にあたった。

南町奉行所の門前で「体験を申し込んだ北添数馬です」と告げると、ひとりの同心を紹介してくれた。鶴見源之丞という。数馬より若い。
「鶴見さん、今日は一日よろしくお願いします」
「こちらこそ。奉行所のことを知ってもらうのも、奉行所の仕事ですから」
そして、
「これを着てください」
と、同心が着る黒色の「巻き羽織」を着る。普通の羽織に比べて裾が短い。
「北添さん、似合ってますよ。ぜひこのまま同心に!」

昼食までは事務仕事である。
鶴見は机に向かって、筆を走らせている。数馬は暇なので、同室にいる同心たちにお茶を注いだ。
「そこまで、気になさらず」と鶴見。

書庫へ行く。過去の事件の記録が保存されている。鶴見はそこから書類を取り出すと、自分の机で云々している。
「北添さん、この記録を読んでください」
「はい。……『本所回向院境内で、無宿の男女が斬りあい。双方死亡』」
「その下です」
「……『男女は夫婦喧嘩のあげく、夫が妻を刺殺』。これはひどいな……」
数馬も思わず顔をしかめた。
「北添さん、次はこれです」
鶴見が別の記録を見せる。
「『上野広小路の料理屋・元屋』の主人・徳兵衛、客を殴り殺す』」
これはひどい!」
数馬は顔をしかめた。

昼食を終え、見回りである。
「北添さん、刀をこちらの刀に交換してください」
と、刃引きされた刀を渡される。下手人を生け捕りにするために、刃引きしているそうである。
「それから、これも」と、縄と十手。
「いいのですか、十手まで…」
「何事も体験ですから。お奉行には許可をもらっていますから」と鶴見。
鶴見は自分の持ち場を歩いてまわる。数馬は鶴見の一歩後ろをついて歩く。
「鶴見の旦那。きょうは天気がいいですなあ。ご苦労さまです」
八百屋の主人から声がかかる。
「鶴見の旦那、お勤めご苦労さまです」
小間物屋の主人にも声をかけられる。
「やあ、どうも」
と、鶴見は愛想がいい。
数馬は感心している。奉行の覚えめでたい鶴見は、好かれる性格なのだろう。
「北添さん、ここが私の持ち場です」と鶴見が言う。「ここで町の様子を見張っているのです」
と、道を行く人を眺める。
奉行所が事件を解決してくれると思えばこそ、安心して暮らせるんですよ」
と鶴見はさりげなく言う。
「なるほど。でもそのへんが実感できませんね」
数馬は正直に言った。奉行所が事件を解決してくれるかと思ったら、とんでもないことに発展することも多いからだ。
「北添さん、お奉行はね、正義の味方ではないのですよ」と鶴見が言う。
数馬は首をかしげた。
「町の人々すべての味方なんです。このことを理解していれば、正義とは何であるかが分かってきますよ」
「はあ……」
数馬にはぴんと来ない話である。ベテラン同心になれば、この意味が分かるのだろうか。
「北添さん、こっちへ来てください」と鶴見が呼ぶ。
数馬が行くと、一軒の菓子屋の前である。
「このお菓子屋は、私の行きつけです。ここのおせんべいがおいしいんですよ」
鶴見は店に入って、おせんべいとお茶を買ってきてくれた。
数馬はいただく。確かにうまい。
「北添さん、奉行所の同心は、町の人々と仲良くしなければいけないのです。そうしないと、町の人々は安心して暮らせませんからね」
数馬は「なるほど」と、頷く。

特に何事もなく奉行所に戻った。
「鶴見さん、きょうはありがとうございました。無事な一日で良かったです」
「北添さん、こんどは“先輩”として待っていますよ」

飽きっぽい数馬に役所の仕事が務まるのか…

「疾風同心」