同心の鶴見源之丞が遊びに来た。
数馬が飼っている金魚が気に入ったらしく、エサを与えていいか、聞く。きょうはまだ与えていないので、「いいですよ」と答え、鶴見にエサを渡す。エサを与えると、金魚やタナゴ、クチボソが寄ってくる。テナガエビだけ、面白くなさそうに水底にいる。それらを鶴見は飽きないのか、ずっと眺めている。
「そうそう、北添さん、お願いがありまして」
「え? 何でしょう」
「奉行所の道場で、居合をやってもらえませんか? ほら、先日見せてもらった「暇乞」でしたっけ、お辞儀をしたところを斬るやつを是非!」
「なぜ、暇乞?」
「奉行所の同心連中、みんなお辞儀に騙されるから! それを見てみたいんだよなあ!」
「暇乞って、三種類あるんですよ。どれがいいかな~?」
・正面に向かって正座をし、頭を少し下げ、礼をかわす間をおかず、うつむいたまま一気に抜刀、上段より敵の正面を斬り下ろす。
・両手をつき頭を低く下げ、その体勢にて抜刀、敵が頭を下げるところを斬る。
・両手をつき深々と礼をして、体を起こしながら抜刀、敵が頭を上げるところを斬る。
「そうですね~ やっぱり“頭を上げるところを斬る”がいいかな。三番目」
「ではそうしましょう。他にご希望は?」
「お任せしますよ。それにしても、タナゴ、でかくなったんじゃないか? フナみたいにならないのか?」
「ならない、ならない!」
日を改めて南町奉行所へ出向いた。門番に名前を告げると、鶴見源之丞が出迎えてくれた。ちょっと格が上がって、“筆頭同心”である。同心のリーダーだ。
道場に案内される。すでに四十人ぐらい集まっている。みな正座している。数馬は一礼して中に入っていく。
「北添数馬と申します。これから居合を三本やります」
まず「携刀姿勢」となる。そして「神座(しんざ)への礼」をし、袴を捌いて正座をする。「刀礼」をして剣心一体の心境となり、下げ緒を結束する。
「まず、“初発刀(しょはっとう)”をやります。居合の基本かつ奥義の技です」
正座した姿勢から、相手のこめかみに抜き付け、さらに真っ向から切り下ろす。
「次に“顔面当て(がんめんあて)”です」
正面の敵の顔面に激しく柄当てし、後ろの敵の水月を突き、正面の敵を切り下ろす。
「この技は気を付けないと… 刀が鞘ごと体から抜けてしまったり、袴に鞘が入ってしまったり、実は失敗しやすいのです」
その失敗例を実演すると、笑いが起きる。
「柄を顔面に当てるというのは、捕り物でも使えると思います。相手はまさか刀が飛び出してくるとは思っていないから、効果があると思います」
「次に“暇乞(いとまごい)”です」
両手をつき深々と礼をして…
礼をしたので、見学者全員が礼をした。礼をしないのは、この技を知っている鶴見だけである。
「みなさん、騙されましたね。私がお辞儀したので、お辞儀しましたね。そして頭を上げますよね。そこを切る技なのです」
鶴見は同心のみんなが騙されている姿を見て、笑いをこらえている。
「もう一度やります」
両手をつき深々と礼をして、体を起こしながら抜刀、敵が頭を上げるところを斬る。
「実は、私もこの技を教わったとき、お辞儀で騙された! と思ったのです」
鶴見「北添さん、ありがとうございます。また機会がありましたら、ぜひ違う技も見せてください」
「鶴見さん、また何か面白い体験がありましたら是非」
と、奉行所を後にした。