「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(13)道場破り

北添道場で居合の稽古をしていると……
「師範はおらぬか。拙者、井上源左衛門。師範と立ち会いたい!」と、玄関から声がする。
こういった場合、ちょっと金子(きんす)を包んで、お引き取り願う。浪人もそれを狙っている。お小遣い稼ぎだ。
「この道場の師範の、北添数馬と申します。立ち会いをご希望で?」
「う…… うむ…… もし拙者が勝ったら、道場の看板はいただいていく」
「道場の看板なら、いくらでもあげますよ。今度は山岡鉄舟先生に書いてもらいますから」
「真剣で立ち合いをお願いしたい」
「かしこまりました」

様子を伺っていた門弟たちは怯えている。

浪人は上段に構えた。数馬はその瞬間、右足を踏み込むと同時に、鞘ごと刀を抜きだし、柄頭を相手の顔面にぶち当てた。浪人はよろめき、気絶した。

門弟たちから拍手が沸き起こる。

居合は、剣術のように「刀を抜いて、正眼に構えて」…… という手順ではないのである。
鞘の内から勝負は始まっている。どんな技を使うかは、状況によって異なるが、数馬は道場を血で汚したくないので、今回はそのようにした。相手はまさか刀がそのまま顔面にぶち当たるとは思っていないから、けっこう使える技である。全剣連居合の「顔面当て」である。柄を顔面に当てたあと、後ろの敵を突き……と続くのだが、敵がひとりの場合、たいてい、顔面に当てるだけで効果がある。

しばらくすると、浪人はうめき声を出しながら、「卑怯だ……」と言い始めた。
「真剣勝負でと言ったのは、おぬしですぞ!」
と数馬は答えた。
「居合の道場に来たのが、運の尽きだったな」と、数馬は付け加えた。
居合の場合、木刀での立会はほとんどしない。形を確認するときに木刀を使うぐらいだ。
試し斬りのときは礼をするが、居合の稽古で試し斬りは滅多にやらない。
居合の礼法は細かいが、敵対するときに、礼をしない。
そう言われれば居合道の試合、大会でも、対戦相手とは礼をしない。対戦終了後に、試合場の外でお互いに座礼をすることはよくあるのだが。

浪人はお金を得られないばかりか、痛い目に遭わされて踏んだり蹴ったりである。
「これにて失礼する」
と、浪人は道場を出て行った。