「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(2)坂本龍馬のお願い


北添数馬は、長屋で刀の手入れを終えると、寝ころんで、鼻をほじった。
そこへ、坂本龍馬がやってきた。「やあ、北添さん。また、刀の手入れか」
「はい。刀は武士の魂でございますからなあ」
「あんたも物好きやねや」
「坂本さんこそ、わざわざ出向いて来られては迷惑ですぞ。これでも忙しい身ですからなあ」
「いや、今日は折り入って頼みがあって来たんじゃ」
「ほう、頼みとな?」
数馬は興味を持った。
龍馬がこんなことを言うのは珍しいからだ。
「実は、わしの仲間で市川宇八郎という男がおるんじゃ」
「聞いております」
市川宇八郎は龍馬の幼馴染みである。
「そいつが、近頃、風神党から狙われているようなんじゃ」
「何ですって?それは一大事ではないですか?」
「ああ、それでな。あんたから言うて、市川を守ってくれんか?」
数馬は首を傾げた。
「それは構いませんが、坂本さんはどうされるのですか?」
「わしは土佐へ戻らんといかん」
「わかりました。この北添数馬、命を懸けて市川殿をお守りしましょうぞ!」
「そうか、すまんのう。恩に着る」と、龍馬は頭を下げた。
数馬は、龍馬が自分を信頼してくれていることを嬉しく思った。
「それで、その市川宇八郎というお方はどこにおられるのですか?」
龍馬は、北添家の裏にある小屋を指差した。
「あそこにおる」
数馬が小屋の戸を開けると、中では一人の若い侍が刀を抱いて寝ていた。
(これが市川殿か……)
数馬は、その若者に話しかけた。「もし、市川殿」
しかし、宇八郎は起きようとしない。
「もし、市川殿!」
ようやく、宇八郎が目を覚ました。「ああ、北添さんやか」とつぶやく。
数馬は小屋に入ると、市川の向かい側に座った。
「あなたが市川宇八郎殿ですな」
「いかにも……」
数馬は頭を下げた。
「私は北添数馬と申します」
「坂本さんから聞いた」と、宇八郎が言った。
「それで、北添さんは何の用やか?」
「いや……」今度は数馬の方が口ごもった。
「実は、あなたが風神党から狙われていると聞いたもので……」
「ああ、そのことやか」と、宇八郎は苦笑した。
「大丈夫ぞね」
数馬は納得しなかった。
「いや、しかし危険ですぞ!あなたにもしものことがあったら龍馬さんも悲しむでしょう!」
「坂本さんが?」宇八郎は少し驚いた顔をしてから言った。
「大丈夫ぞね。だってうちは土佐一の剣豪ながやき(なのですから)」
数馬は腕を組んで唸った。
「ご自分の腕に自信があるようですな?」
「はい」宇八郎は即答した。
「では、その腕を見せてもらえませんか?」
数馬はそう言うと、腰に差していた刀を抜いた。
宇八郎もあわてて立ち上がった。
「ほほう、良い構えです」数馬が感心する。「さすがですな」
だが、宇八郎が真剣を抜いて構えた瞬間に勝負はついた。
数馬は一瞬で間合いを詰めると、刀の柄で相手の首筋を打って気絶させた。
「な……なんと……」数馬は呆れ返った。
「市川殿、やはりあなたはまだまだですな」と、数馬は言った。
それから三日後。
市川宇八郎は北添数馬の計らいにより土佐へ送り届けられたが、その途中で姿を消してしまったという。

坂本龍馬