「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

浪士組、京へ

北添数馬の長屋の部屋は、内職の傘張のせいで、傘が部屋を占領している。
梅雨の季節になった。糊が乾かない。張った部分が湿気でふにゃふにゃになる。とても売り物にはならない。
他に「楊枝削り」をやっている。100本作って「1文」だ。効率が悪いと思う。
もっと稼げる内職はないものか…

数馬が刀の手入れをしている時だった。
近藤勇がやってきた。
「浪士組の募集をしている。数馬どのも、いかがかね?」
「私はもう、戦には懲りました」
「いやいや、戦うわけではない。幕臣としての役目を果たすのだ」
近藤は説明した。
将軍家茂が上洛するにあたり、浪士組を警護役に雇うことになった。しかし京の都は物騒なので、腕っぷしの強い者を集めたい。そこで浪士組の募集をしてきたのだ。
数馬は首をかしげた。
「将軍さまの警護なら、きちんとした武士をお雇いになればいいじゃありませんか?」
「それが簡単にはいかないのだ。将軍家には嫌われておる」
近藤は苦笑した。
幕臣の中には、すでに幕府に出仕しているものもおる。そんな人間を頼れば、かえって不興を買うというものよ」
「そういうものですか」
「うむ。公武合体が叫ばれている今、幕府と朝廷の仲を下手に取り持てば、どうなると思う?」
「たいへんです。将軍さまのご威光に傷がつくやもしれません」
「そうだ。だからこの浪士組の募集は、我々にとってはたいへんありがたいことなのだ」
「わかりました。私にできることがありましたら、お力になりましょう」
数馬は引き受けることにした。
将軍さまが京にお越しになるのに、みすみす危険にさらすわけにはいかない。
「それはよかった!」
近藤勇は喜んで帰って行った。
数日後。
数馬は浪士組に加わった。そして近藤勇の隊に加わったのである。
「同じ足軽仲間の三枝新八(さえぐさしんぱち)が隊長だ」
近藤勇は紹介してくれた。
三枝は、すらりとした長身の男だった。歳もそう変わらないようだ。精悍な感じで、なかなか凜々しい人物だった。剣術家というより学者に近い感じだが、剣の腕前はなかなかのものだという。その剣で将軍を守るのだ。
「よろしくお願いいたします」
数馬も挨拶をした。
三枝新八はにこりと笑った。
「数馬どの、よろしく」
近藤勇と三枝は、この後、隊士の選抜をすることになるという。三枝と別れる時、近藤が教えてくれた。
「三枝には弟がいてな、その弟が心配で江戸に残ったのだそうだ」
「ご立派なことではありませんか」
「うむ。隊の中で揉め事が起きるかもしれないが、そこはまあ我々にまかせてくれ」
近藤勇は大らかに言った。
やがて、将軍が上洛する日が近づいた。江戸でも指折りの大行列である。その行列を警護するのだ。
江戸のいたるところから浪人たちが集められた。数馬もその一員だ。
数馬が恐れていたとおり、浪士組の募集に応じた浪人の中には、評判の悪い者もいた。しかし近藤勇は強気で押し切った。
「将軍家の警護につこうという志ある者は、腕力に自信がある者ばかりであろう」
浪士組は100人を超える大所帯となった。その数は1番隊から10番隊まである。数馬は1番隊の隊員になった。
いよいよ将軍の行列が出発する。
「いざ、京へ!」
将軍の輿の後ろからは、大砲をかついだ列が続く。その後に隊士たちの行進が続いた。
数馬は最後尾を歩いた。浪士組の隊列は長くて大きい。3列縦隊で歩くのである。しかし前方に旗印が見えたり見えなくなったりして、なかなか先に進まないのだ。しかもぬかるみも多いので歩みも遅い。こんな行軍は初めてだ。近藤勇や三枝新八も大変だろう。
「先が思いやられるな」
数馬はつぶやいた。
ちなみに今回の行軍は中山道である。

近藤勇