「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(6)女湯の刀掛け

八丁堀(同心が住んでいる)の七不思議のひとつに「女湯の刀掛け」がある。
朝方、混雑する男湯の代わりに、与力・同心は女湯に入ることができた。
南町奉行所の同心体験で世話になった、鶴見源之丞から、「女湯に入ってみませんか?」
と、お誘いがあった。北添数馬は一般人だが、大丈夫なのだろうか。まあ、お誘いなので大丈夫なのだろう。
江戸の銭湯は朝が早い。明け方からやっている。仕事へ行く職人たちがやってくる。一方、女性は家事などで忙しいから、その時間に銭湯にはやってこない。

鶴見は「おはようございます!」と、女湯の入り口から入り、番台に入浴料を支払う。数馬もそれに続く。別に咎められなかった。
なるほど、脱衣所に刀掛けがある。大小をそこに掛ける。
それにしても、落ち着かない。女子トイレに入ったときも、こんな気分になるのだろうか。数馬がこっぱずかしいのは、百貨店で女性の下着売り場を通過するときである。生きた心地がしない。
「風呂場はこっちです」
鶴見に先導されて、洗い場に行く。数馬は鶴見の背中を流してやった。さすが八百八町の江戸を守っているだけあって、逞しい背中をしている。鶴見も数馬の背中を流してくれた。
身体を洗ってから、湯船に入る。これも落ち着かない。この時間がとても長い。長すぎる。
「女湯は慣れないもんですね」
数馬は言った。
「まあ、そのうち慣れます」
鶴見は笑った。
「ところで、与力・同心と町人の違いって、何なんでしょうね?」
数馬は聞いた。
「さあ……」
鶴見は首をかしげた。彼も知らないらしい。
「でも、町人は風呂屋に刀を持って入ってはいけません」
「それはなぜ?」
数馬は聞いた。
「だって、風呂屋には武器になるものがないからです」
鶴見は答えた。
「なるほど……」
数馬は思った。
「あと、何でしたっけ……。与力や同心は、女に話しかけてはいけませんね」
鶴見が笑いながら言った。
「それはどうして?」
「なぜって、話かけられるのに慣れてないからです」
「なるほど……」
数馬は思った。

“体験”はここまで。鶴見は、
「また同心関係で体験できるのがあれば、お知らせしますよ」と。
数馬も楽しみができた。

女湯の入り口から入る同心(暖簾に注目!)