「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(16)金魚になりたい

北添数馬は淡水魚が好きである。いま、金魚を飼っている。金魚だけでは寂しいので、ちょっと離れたところにある沼で釣りをすることにした。
クチボソ・タナゴ・テナガエビ・ニホンザリガニ、などなど。
ザリガニは体が大きいので、放した。

さて、クチボソ・タナゴ・テナガエビを金魚鉢に入れる。賑やかになった。
“同心体験”で世話になっている、同心の鶴見源之丞が数馬のところに遊びにやってきて、「これはいいね。金魚鉢の中が楽しそうだね」と言った。
「鶴見さん、エサをあげてみてください。このエサをひとつまみ。みんな小食なんで、少しでいいんです」
「そうなのか? どれどれ!」
と、鶴見がエサを与える。金魚が水面にやってきて、口をパクパクさせる。鶴見は楽しそうだ。テナガエビは水底にいるが、ときおり水面にやってくる。
「そういえば、鶴見さんの趣味って何ですか?」
「八丁堀の女湯に入ること! は冗談として、読書かな。貸本屋で本を借りて」
「『好色一代男』とか?」
「うん、それは読んだことがある。面白いね。いまはまっているのが『回天詩史』。あの文章を眺めていると、尊攘志士になった気分になる……」
「面白そうですね」
「貸そうか? 貸してあげよう。なんだったら、いま、持ってこようか?」
鶴見は自宅から『回天詩史』を持ってきてくれた。
数馬が『回天詩史』を読んでいる間、鶴見は金魚を眺めていた。
そして、数馬が読み終わるのを見計らって言った。
「ところで北添さん、金魚ってどのくらい生きるのかな」
「だいたい十年くらいですかね」
「じゃあ、あと五年で死ぬんだね」
「ええ」
「寂しいねえ」
「はい、でもタナゴやテナガエビも居ますから」
鶴見は帰宅した。数馬は、また金魚を眺める。

翌々日……。
鶴見がやって来た。
「『回天詩史』はどうだった?」
「面白かったです。難しい漢字ばかりですが、藤田東湖先生(著者)の気持ちが伝わってくる」
「ああ、よかったなあ」
「実はね、北添さん。俺は金魚になりたいんだ」
「は?」
数馬は驚いた。
「金魚って、いいなあと思って。水の中でゆらゆら揺れてさ」
「はあ……」
鶴見は続けた。
「金魚になって、女湯に……」
数馬は遮った。
「それは駄目です!」
「どうしてだ?」
鶴見が不思議そうに聞いた。
数馬は言った……。
「だって、女湯に入ったら犯罪ですよ! いつも八丁堀の銭湯で入っているじゃないですか、女湯。与力・同心の特権でしょ!」
「まあ、そうだな! それで我慢するか!!」

金魚