「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(15)向日葵(ひまわり)と赤トンボ

北添道場の中庭には向日葵が咲いている。数馬が毎日、井戸から水を汲んできて、向日葵に水をやっている。
向日葵に水を与えたあと、数馬は正座をして刀の手入れを始めた。ぽんぽん(打ち粉)を使って紙で拭い、丁子油をすーっと塗っていく。刀身をごしごしやってはいけない。切先まで一気に塗っていくのがポイントだ。

さて、門弟がやってきた。
師より門弟のほうが先にやってきて、というのが礼儀ではあるのだが、道場の鍵は数馬が持っているし、開始の礼もしない。門弟それぞれ仕事などの都合があるから、終わりのときだけ礼をする。

さて向日葵であるが…
道場の門弟たちは誰も見向きをしないのである。
大きくていい花だと思うのだが。
そういえば朝顔市やほおずき市というのはあるが、向日葵は聞いたことがない。
盆栽に代表されるように、鉢植えが人気なのだろう。

「あ、先生」
と、門弟が言った。
「先生、見て下さい。綺麗な赤トンボです」
見ると、小さな羽の赤いトンボが道場の上を飛んでいる。
「うむ、綺麗だな。もうそんな季節になったか……」
門弟たちは何やらひそひそ相談をしている。
「おい、誰があれを捕まえる?」
「俺か? いや俺がやってもいいんだけど……」
などと、まるで捕まえたがっているようだ。そうか、そうだよな。捕まえて遊んでみたいのだ。でもなあ……
「よし、私が捕ってやろう」
数馬は立ち上がった。
「お前たち、少し下がっていろよ」
と、数馬は刀を脇に置いた。
向日葵畑に入っていく。向日葵たちは背が高い。二メートルはあるだろう。
赤いトンボが飛び回っている。いい景色だ。
数馬は身を低くして、トンボを追う。しかしなかなか捕まらない。すばしっこいのである。
「ああっ!」
突然、背後から門弟たちの悲鳴がした。
どうしたんだろう? 振り返ると……
トンボがもう一匹いて、それを捕まえそこねて転んだらしい。
「みんな、何をふざけているんだ! 大丈夫か?」
と、数馬は言った。
まったくもう! 蝶だの蜻蛉だのを捕まえて遊ぶ歳じゃないんだから。
「それより、稽古、稽古! 暑くて稽古にならないかもしれないが、休み休みでいいから」と、門弟たちを促した。

ひまわり