「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(20)鶴見源之丞の恋

同心の鶴見源之丞。独身である。数馬は令和に妻子がいるが、江戸時代では独身みたいなものである。
その鶴見が数馬に、

「女が喜びそうなものは何でしょうね」

と聞いてきた。
どうやら彼女がいるようだ。

「簪(かんざし)を差し上げるというのはいかがでしょう。そして、こう言うのです。“この簪をつけた○○殿と、浴衣姿で大川の花火を見たいなあ”と。きっと女性は、夏の思い出を作りたいものですから、“はい”と返事をすることでしょう」
「なるほど!」
「簪でなくても良いのです。何か心のこもったものをひとつ差し上げ、思い出を共有する。これが王道だと思いますよ」

さっそく鶴見は実行に移した。小間物屋さんで簪を買い、それを彼女にあげ、鳥越神社の縁日に行く約束をしたとのこと。

「いい調子じゃないですか、鶴見さん。鳥越神社の縁日が楽しければ“縁日、楽しかったわ”となって、“大川の花火に行きたいわ”って、つながるじゃないですか」
「そうだな!」
実はこのアドバイスは数馬の経験ではなく、友達のパターンである。数馬の場合は喫茶店で話していることが多かった。つまり、数馬のなれそめは喫茶店での会話、である。
とある出版社から、ある地域の「デートスポットを書いて」と提案があったが、数馬が書くと、喫茶店めぐりになってしまいそうだ。

さて鳥越神社の縁日である。
鶴見が報告してきた。楽しかったらしい。

「鶴見さん、うまくいっているじゃないですか」
「ああ、北添さんのおかげだ。縁日の帰りは、茶店で会話を楽しんだよ」
「次は何か予定があるの?」
「日暮里(にっぽり)の羽二重団子を食べようと」
「私もその団子屋さんに行ったことがありますが、美味しかったですよ。薬丸印五つ……じゃなかった、太鼓判を押しますよ」

羽二重団子。
さっそく鶴見が報告しにきた。

「北添さん、大成功だった。甘いものが好きらしいんだ。何かいいのがないかなあ」
「これはどうでしょう。“切腹最中”と“義士ようかん”。新橋の新正堂というお店で売ってますよ」
「それって、北添さんが食べたいんでしょ」
「正解! 特にようかん。四十八個揃えたいんだよね」
「彼女、忠臣蔵、好きなのかなあ」
「もし好きだったら、次は泉岳寺ですね。好きじゃなかたら、カステラとか金平糖をあげるとか」

鶴見は、彼女と忠臣蔵のお芝居を観た。面白かったというので、“切腹最中”と“義士ようかん”をあげたという。
ここまでは良かったのだが!
……彼女は上州の実家に帰って、地元の男性と結婚することになったのだという。

何となぐさめてよいものやら…


※鳥越神社 東京都台東区鳥越2-4-1
※新正堂 東京都港区新橋4-27-2
※羽二重団子 東京都荒川区東日暮里5-54-3

羽二重団子