「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(28)鶴見の同心組屋敷

北添数馬は、鶴見源之丞の同心組屋敷に遊びに行った。いちど来てくださいと誘われていた。
八丁堀である。
鶴見の屋敷を訪ねると、
「やあやあ、どうも、北添さん」
と、鶴見が出てきた。
鶴見の部屋は、読書が趣味だと言っていたとおり、本が多い。読み散らかしている。
「もっと江戸のこと、人のことを勉強しないと思ってさ。筆頭同心だし」
「まあ、そうだな… それにしても勉強熱心ですな。この本は?」
と、数馬は畳に置いてあった本を手に取り、眺めた。
「あ、北添さん、それは!」
“春本(しゅんぽん)”である。春画をまとめたもの、といっていいだろう。つまりエロ本である。数馬は面白がって頁をめくる。男×女の絵が多数だが、男×男、女×女の絵もある。局部がけっこうリアルに描かれている。
「鶴見さん、これも“人のこと”の勉強ですな」
鶴見は慌てて、数馬から本を取り上げる。鶴見は、本が散らかっているところを見ると、多少、無精のようだ。
「北添さん、食事はまだでしょう。食べていきますか。ついでに一杯」
「いいね、いいね。甘えますよ」
料理は得意なようである。ご飯に加えて一汁一菜が江戸庶民の基本なのだが、「江戸わずらい(脚気)」にならないように、ご飯の半分は玄米にして、おかずをもう一品加えたほうがいい、と数馬は鶴見に教えていた。鶴見は「ご近所さんが、大根の煮つけとか、焼き魚などを持ってきてくれるので、おかずには困らないですよ」とのことだったが。
食事を終え、一杯飲む。
鶴見の手柄話を聞く。
「先日、有名な盗賊・石川六右衛門を捕えましてね」
「ほほう。大手柄ですな」
「いやいや、あの博打打ち本牧丈太郎も捕まえたのです。これは奉行所へ連行してやりましたよ」
数馬は苦笑した。
「そんな表情されますがね、北添さん、盗賊の石川六右衛門は二百五十回以上も盗みを繰り返し、手下の盗賊団の数も多くて百人を超えていたんですよ」
それはすごいなと数馬は思った。
「それに、本牧丈太郎という男は、博打で稼いだ金で美女をたくさん囲っててね。嘆かわしい男だ」
「それはひどい」
「それと、江戸で一、二を争う廻船問屋(※海運会社)渡海屋の抜け荷(※不正な取引)。裏帳簿が決め手だったぜ。蔵には何千両という小判が唸っていてさ!」
「それもすごいな」
「だからね、北添さん、江戸にはね、まだまだ悪党がいますぜ。悪党はどんどんしょっぴくぜ!」
「それは頼もしいですな!」

鶴見の盃に酒をつぎ足し、数馬は自分で自分の盃にも酒を注いだ。

同心の組屋敷と奉行所の位置関係