「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(29)御小人目付の苦悩

今年もお盆がやってきた。
といっても、数馬は帰る故郷が令和であるし、お盆だからといって、特に何があるわけではない。
ということで、道場で稽古をしている。
門弟の御小人目付(おこびとめつけ)の真鍋平九郎が道場にやってきた。彼にもお盆はないようである。
「先生、拙者の話を聞いてくださいよ」
と、真鍋は言う。他に門弟が来ていないので、数馬を独占である。
「拙者はいま、さる大目付の監視をしているのですが…」
「ほう」
「この大目付は諸国を歩き回っているんですが、特に上役に報告する行状がないのです。なので報告書には“特に何も無し”と書くのですが、上役がこれが気に入らないようで…“真鍋! この報告書の山を見よ! みんなこのように報告書を山のように書いているぞ。それに比べて真鍋は! この昼行灯め!”といった調子なんです」
「昼行灯(ひるあんどん)って何?」
「昼間に行灯を灯したところで役にたたないでしょう。つまり“役立たず”ということです」
数馬は、余計なことを聞いたと思った。
「それで真鍋さんは、上役に何と言ったのです?」
「“大目付は諸国を歩き回っていますが、特に何もしていません”と」
「それだと、上役が怒るのも無理ないね」
「でも、事実ですから。大目付は、ただ歩き回っているだけです」
「それは報告書に書かなくていいの?」
「はい。だから書きようがない。旅をしているだけなのに、報告書に書くようなことが何ひとつないので」
数馬も考え込んだ。
「それは困ったね……」
「でしょう? それで上役に“真鍋! この報告書の山を見よ!”と言われたとき、拙者は“大目付は特に何もしていません”と言ったんです」
「真鍋さん、気づきました。真鍋さんの報告書は“大目付が仕事をしていない”という報告なのです。大目付はこれといった出来事がなくても、仕事はしているのでしょう。それを表現するといいのでは?」
「なるほど! さすがは先生。拙者、今度からはそうします」
「でも、問題は大目付よりもその報告書の書き方かもしれないね……」
数馬は腕を組んで考え込んだ。
「上役には、どんな事柄を書けばいいのでしょう?」
「それがわからないから困っているんです。そもそも拙者は字が下手なので、報告書を書くのも一苦労で」
「じゃあ、その報告書を見せてください」
平九郎は、懐から書きかけの紙を取り出した。
数馬はそれに目を通した。

大目付東海道を歩いていると、道ばたに老人が倒れていた。大目付が声をかけると、老人は「腹が減って動けない」と返事をしたので、大目付は持っていた握り飯を分けてやった』

「確かにこれじゃあね~」
「やっぱり駄目ですよね。先日、似た報告書を書いて提出したのですが、叱られてしまいました。やっぱり上役に報告できるような出来事がないと……」
平九郎はまた考え込んでしまった。


※御小人目付(おこびとめつけ)
江戸幕府の職名の一つ。 目付の支配に属し、幕府諸役所に出向し、諸役人の公務執行状況を監察し、変事発生の場合は現場に出張し、拷問、刑の執行などに立ち会ったもの。 また、隠し目付として諸藩の内情を探ることもあった。

大目付(おおめつけ)
大名・高家および朝廷を監視して、これらの謀反から幕府を守る監察官の役割。旗本の中から選任される。

※※「隠密奉行朝比奈」で、御小人目付を金田明夫がコミカルに演じています。機会がありましたら是非ご覧ください。