「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(42)花火大会なのに線香花火

大川(隅田川)花火大会は、毎年、湯長谷藩士の笠井源之助と、浴衣で見に行っていたが(※「(15)大川の花火」参照)、笠井と音信が途絶えた頃から花火はご無沙汰している。
その笠井が数馬の「北添道場」へひょっこりやってきたのである。ちなみに数馬の十歳年下である。

「おお! 笠井さん、久しぶりじゃないの!」
「すっかりご無沙汰して、申し訳ありません。最近、東京に出てきたばかりでして…」
「よく私の居場所が分かりましたね!」
「北添道場って、もしかして、と思って」
気鬱のほうは大丈夫かい?」
「相変わらずです。北添さんは?」
「相変わらずだね~ あはは! でも嬉しいです。笠井さんが訪ねてきてくれて。せっかくなので、居合をやっていきませんか?」
「居合もなにも… 刀もないですし…」
「当道場には“鞘付き木刀”なるものがあるんですよ。職人さんに特別に頼んで作ってもらいました。ときおり、体験したいという方がやってくるので」
「それなら!」
と、笠井は数馬に居合をひとつ、教わることにした。数馬にとって、笠井が訪れてきたことは清涼剤になった。
「“袈裟切り”という技をやります。笠井さんも剣術で“袈裟に切る”というのはやったことがあると思うのですが、そのおさらいという感じで」
「はい」
「まず、技の概要です。前の敵が刀を振りかぶって切りかかろうとするのを逆袈裟に切り上げ、さらに袈裟に切り下ろします。このように」
数馬がやってみせる。「切り上げて、切り下ろします」
「さあ、笠井さん、やってみましょう」
「はい」
「右足より前進して、左足を踏み出したときに刀に両手をかけ、鞘を返しながら刀を抜き、右足を踏み込むと同時に逆袈裟に切り上げます」
「はい」
「敵の左肩口から切り下ろします」
「はい」
「右足を引きながら八相の構えになります。そう、鍔は口元の位置です」
「はい」
「左足を引きながら、左手を柄からはなして鯉口を握ると同時に血振りをします」
「はい」
「そのままの姿勢で納刀します」
「はい」
「後ろ足を前足に揃えて携刀姿勢になって、左足より元の位置に戻ります」
「はい」
「できましたね! 笠井さん!」
「はい、満足です。ところで北添さん、今年は浴衣で隅田川の花火大会を観に行きませんか? 浴衣選びは私に任せてください」
「はい、ありがとう! やっぱり花火大会は笠井さんじゃなきゃ。一緒に行きましょう」
笠井の明るさに助けられつつ、数馬は花火大会当日を迎えた。

夕刻、数馬と笠井は浴衣を着て道場を出発した。花火開始は七時からだが、まだ明るい時間である。ふたりが隅田川沿いへ行くとすでに大勢の人々が集まっていた。人混みで熱気がむんむんしている。
「すごい人出ですね!」
数馬は笠井に話しかけた。笠井は何か考えている様子だったが、すぐに返事をした。
「あっ! はい!」
さらに笠井はこう言った。
「北添さん、道場のみんなも浴衣を着てるじゃないですか?」
数馬も言われてみれば……と気がついた。いつの間にか門弟たちも浴衣で来ていたのだ。
そして、ついに花火が始まった……が……。北添道場の面々は……なぜか線香花火を片手に持っている。一同はしゃがみ込んで線香花火を始めたのだ。とても華やかな花火大会とはまったく思えない光景である。
「なぜ、線香花火なんです?」
笠井が数馬の耳元でささやいた。
「さあ…?」と数馬。
花火大会そっちのけで線香花火に熱中する北添道場一同であった……。

※(15)大川の花火 https://kazuma4813.hateblo.jp/entry/2024/01/21/020559

線香花火