「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(40)門弟たちと梅を観にいきました。

北添数馬は北添道場の門弟たちと梅を観に行くことにした。場所は世田谷の六郎次山(現在の羽根木公園)である。
そこは梅の名所として知られていて、特にしだれ梅が綺麗だという。
なぜ「梅」にしたか… これは数馬の経験であるが、暑気払い、忘年会、新年会といった類は職場でやる。桜の花見も職場でやるというところがある。それらと重ならないようにする為である。それぞれ社会生活があるから、それには邪魔をしたくない。その考えが良かったのか、日程はすんなり決まり、門弟は全員参加することになった。

酒とお弁当は各自が持参することにした。
「北添先生は、普段の稽古は厳しいですからな~」
とある門弟は言う。
数馬は怒鳴ることはないが、居合の基礎は徹底的に叩き込む。
それが、梅を観るということで、道場から解放される。
門弟たちの表情も明るい。数馬も楽しそうである。
きょうは、門弟たちに任せるとしよう。何かあったときの責任はとるとして、今回、数馬は脇役に徹することにした。

六次郎山に着いた。
紅白の梅が見事に咲いている。富士山が見える。きれいだ。
「ほら、先生!あそこにしだれ梅がありますよ。桃色の花がきれいです」
と、門弟が指し示す。
「ううむ。実に美しい」
と、数馬はうなる。
「わあ!すごい!」
門弟が声をあげた。
「これは見事なしだれ梅だ!」
数馬も感嘆の声をあげる。そのしだれ梅は、まるで六次郎山の紅白の梅を手本にしたように美しかった。いや、それ以上かもしれない。この美しさならば、数馬が知っているどの梅にも負けない。
「いやあ、見事です」
門弟たちも絶賛する。
六次郎山にはしだれ梅の木が三本あった。
桃色、白色、紅色で「三太郎(さんたろう)しだれ梅」と呼ばれている木だ。
「これが本当の『三太郎』か!」
数馬は顔を上気させてつぶやいた。その美しさは形容しがたいほどだ。
三太郎はしだれ梅はとても良い香りを発散させていた。
門弟たちと昼食をとりながら談笑する。数馬は「こういうときはビールだよなあ」と思う。

道場で必要なのは意外にも、「人間関係」である。普段は、「稽古に来る」→「稽古する」→「終わって帰る」であるから、なかなか横の繋がりが難しい。梅でも桜でも良いのだが、何かきっかけを作って、門人同士が語らう、という機会は必要ではないかと思っていたのである。道場では見せない、新たな発見があるかもしれない。

門弟同士で酒が進む。酒が足りなくなると、数馬が門弟の猪口に酒を注ぐ。
門弟は「先生、そんなお気遣いなく…! でもありがとうございます!」

門弟たちは何か一芸を持っているらしく、どじょうすくいをやったり、手品など。
「北添先生も何かやりましょうよ~!」と声がかかる。
「では顧問の山岡鉄舟先生の声真似をしてみます」
「“きょうは楽しかった。どうして俺を呼んでくれなかったのかね?”」
あまり似ていないか……。
門弟が「あまり似ていない」というと、「じゃあ、もう一度」と、本物さながらの声を出してみた。
「“きょうは楽しかった。どうして俺を呼んでくれなかったのかね?”」
本当に山岡先生そっくりだ……。その声真似に一同大爆笑である。
「先生はお笑いの素質がありますなあ!」
酒も入っているので、妙に上機嫌だ。
ある門弟が「今度は北添先生の声真似を!」
「“みんな~、気を付けて帰るんだぞ~寄り道しないように”」
「私は、そんな話し方、するかなあ」
「いつもしているではないですか~!」と、門弟一同。

そして、その日は楽しく過ぎていった。

※羽根木公園の梅林は昭和42年に55本の梅が植えられたことが始まりです。2024年は2月10日~3月3まで、「せたがや梅まつり」を開催。小田急線梅ヶ丘下車(他)

しだれ梅