「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(18)犬の散歩

口入屋の紹介で、犬の散歩である。
北添数馬は大の犬嫌いである。それは犬にも伝わるようで、よく吠えられる。鉄道紀行作家の故・宮脇俊三氏もそうである。
もちろん、犬の散歩など、やったことがない。

預かった犬は、秋田犬の仔犬である。仔犬だから元気がいい。犬の名前は「ししまる」。
口入屋の主人曰く、町内を一周すればいいでしょう、とのこと。

なぜ、犬には散歩が必要か。
まず、ストレスの発散、そして犬が持っている「探求心」を満たすことである。
ちなみに数馬の長屋は動物を飼うことは禁止されている。以前、猫を二十匹も飼っていた浪人がいて、その浪人は亡くなってしまい、残された猫の糞尿や匂いがひどく、その始末が大変だったとのことである。

数馬は道々「ししまる」にいろいろなことを話しかけてみたが、返ってきたのは「ワン!」という吠え声だけ。どうも数馬の言っていることは犬には理解できないらしい。
犬を散歩させるのは、そう簡単ではない。数馬はそのことを思い知らされた。
「ししまる」は、あっちにうろうろ、こっちにうろうろ。そのたびに、数馬は「ししまる」の首輪をひっぱって引き戻さなくてはならないのだ。
しかも「ししまる」ときたら、あっちで「大」をして、こっちで「小」をするのである。おかげで数馬の袴は汚れてしまった。帰ったら洗濯して、火熨斗(ひのし・アイロン)をしなければ…
単に散歩の仕方が下手なのだろう。令和の時代に居たころ、住宅地で犬の散歩をしている人をよく見かけたが、足元を汚している人はいなかった。

数馬が犬の散歩をしているのはかなり珍しいらしく(珍しいのだが…)、近所の人が、
「北添さん、犬のお散歩ですか。可愛い犬ですね」
「北添さん、犬を散歩させているのではなく、北添さんが散歩させられているみたい」
とか、声をかけてくれる。普段も声をかけられやすいが、犬はコミュニケーションのアイテムにもなる。
中には、
「北添さん、ご精が出ますね」
などと言ってくる人もいた。
散歩のコツを摑めないまま数馬と「ししまる」は歩き続ける。しかし「ししまる」の気ままな歩みに引きずられて、とうとう町内から出てしまった。
「おい、ししまる、そっちじゃない!」
数馬はあわてて首輪を引っ張る。犬は「主従関係」を常に意識している。数馬がリードしないで、犬が「主」になると、言うことを聞かなくなってしまう。まあ、少しの散歩なので、大丈夫だと思うが。

「ししまる」の綱をしっかり握り、数馬は歩き出した。
少し歩くと、畑や田んぼに囲まれた小さな神社があった。神社にお参りし、お賽銭を投げ入れておいた。
「ししまる」の綱を引き、帰ろうとすると……
数馬は遠くで犬が鳴いている声を聞いた。それも一匹ではない。複数の犬の鳴き声だった。どうやら何かトラブルが発生したらしい。
数馬と「ししまる」は鳴き声の方に向かった。
数馬と「ししまる」が鳴き声のした場所に近づくと……
そこには、数頭の犬がいた。そして、その犬たちに吠えられているのは……
(あれは、武士かな?)
年齢は三十代半ば。着流し姿で刀を差している。髷を結っているが、総髪で後ろに流している。色白で眉が細く、細い目から覗く瞳が鋭い。
数馬は犬たちの前に立ちふさがり「ししまる」を背後にかばいながら、
「あんた、ここで何をしているんだ!」
武士は数馬と「ししまる」に気がつき、
「これは失礼つかまつった。拙者は……」
武士が名乗ろうとしたとき、犬たちが一斉に吠え始めた。
「ワンワンワン!」
「ウーッ、ワンワンワン!」
「せ、拙者、い、犬飼犬次郎。犬は苦手でござる…… 助けてくだされ」
どうやら犬に囲まれて、身動きがとれないようであった。

獅子丸はチャウチャウです。