「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(32)お化け屋敷

両国(りょうごく)にお化け屋敷があるという。北添道場の門弟が、「先生、一緒に行きましょうよ」と誘ってきた。
数馬は、お化けとか幽霊といった類は苦手である。たとえ作り物といえ、好き好んで見る人など、いないであろう。「♪おばけなんてないさ、おばけなんてうそさ」という歌を思い出した。
道場の門弟たちが、「先生も是非、お化け屋敷、行きましょう」と言う。
魂胆は丸見えである。お化けを怖がっている北添数馬を見たいのだ。

数馬は、仕方なく門弟たちと一緒にお化け屋敷に向かった。
お化け屋敷に入っていった門弟たちは、悲鳴をあげながら戻ってきた。「だから言わんことではない」と数馬は言った。
中に入ると真っ暗だ。「先生、手をつないでください」と若い門弟が言ってきた。
「いや、いい」
「そんなこと言わないでくださいよ。お願いしますよ」
「いや、いいって」
「そこを何とか」
結局、数馬は手をつながされてしまった。お化け屋敷の中で数馬が聞いた悲鳴は、門弟たちのものだけである。
ようやく外に出たら、雨になっていた。「先生、おかげさまで楽しかったです」と若い門弟たちは言った。
「先生。また行きましょうね」と言ってくるのを、数馬は「もう絶対行かん」と、きっぱり言った。

その夜、数馬は寝床に入って寝ようとした。ところがなかなか眠れない。
「そうか。あのお化け屋敷で、また怖い夢を見てしまったら困る」と思ったからだ。
数馬は、布団を頭からかぶった。そして目をつぶった。しかし、やはり眠れない。
「そうだ」と思いついて、起き上がると、机に向かった。そして筆を取った。
数馬が書いたのは、次のような文章である。
「北添数馬が記す。このところ毎晩同じ夢を見てしまう。それも怖い夢で、汗びっしょりとなって目覚めてしまう。おかげで寝不足である。何とかしていただきたい」
数馬は、それを墨痕鮮やかにしたためると、紙を小さく畳み、枕元に置いた。
「これでよし」
しかし、朝になってみると、例の文章は消えていた。
数馬は自分の文章が消失したことよりも、あの悪夢をまた見なければならないのかと思い、憂鬱な気分になった。

お化け屋敷のことを、同心の鶴見源之丞に話した。
「北添さん、非番のとき、一緒に行ってみよう」
と鶴見は言った。数馬は内心「また行かなければいけないのか……!」と思った。

お化け屋敷の中に鶴見と入る。鶴見は、
「ろくろ首とか、一つ目小僧とか、定番ではないか!」と言っていたが…
暗闇の中で、数馬の手に、急に暖かいものに握られた。
何かと思ったら…… 鶴見が数馬の手を握っているのだった。しかもかなり汗をかいている。鶴見の握力がだんだん強くなっていく……
明るいところに出たら、鶴見の顔が赤かった。鶴見は、何かまずい物を触ったといった感じで、数馬の手を払いのけた。

おばけなんてないさ