「数馬居合伝2」

北添数馬と申します。令和から江戸時代に行ってしまい、居合で江戸時代を生きていく物語です。

(47)よろづ相談処

北添数馬の刀は西南戦争で、人を斬り、西郷の首を刎ねた。
刀には刃こぼれがいくつかある。
研ぎに出さねば…

研ぎ師に刀を持って行った。
研ぎ師が確かめる。
「まだ使えますよ」
「もう、刀を研いでくれる者もおらぬ。この刀は人を殺めすぎた。研ぎ代はいくらだ?」
「いや、これは研げません」
研ぎ師は首を振る。
「なぜだ!」
数馬は驚いて聞いた。
研げないはずはない。
しかし、研ぎ師は答えた。
「刃こぼれではありません……欠けています」
…………え……
研ぎ師は刀をひっくり返す。
「欠けております。研ぎようがない」
数馬は苦笑いをした。
(いや、これは俺の心が欠けているのだ)
人を殺めた数馬の心は欠けていたのだろう。
もう戻れぬほどの人斬りをしてしまったのだ。
西南戦争で。
心を研ぐには……一度心を捨てねばなるまい。
(西郷さん……すまなかったな)

研ぎ師に断られたことによって、数馬は人格・人生が否定されている気持ちになった。

それにしても…
明治維新を境にして、友達が激減したと感じている。
朝顔の侍は何をしているんだろう。黒田武士の佐々木さん、喘息大丈夫かなあ。口入屋の主人は… 仇討ちの助太刀を頼まれたこともあったなあ。
山岡鉄舟が変わらないお付き合いをしてくれているのが、せめてもの救いとなっている。
また鉄さんを誘って汽車の旅に出かけるか… でも鉄さんは、忙しいからなあ…

この悩みを聞いてくれる人は…
数馬は思い出した。人形町にあった、町火消の「ろ組」である。そこには「よろづ相談処」という看板があった。いまでも相談に乗ってくれるだろうか…

その場所に行ってみると「よろづ相談処」の看板を掲げた建物があった。
「こんにちは。北添数馬です」
と建物の中に入ると、ろ組の頭(かしら)ご夫妻がいた。
「おうおう!カズさん!久しぶりだねえ」(※「(13)ろ組の用心棒」参照)
聞くところによると、町火消は無くなったものの、相談所は続けているのだという。いったん相談を受けて、解決できない場合はしかるべき専門機関につないでいるとのこと。令和でいうNPOのようなことをやっているらしい。
頭は、
「よく来てくれたね、カズさん。何か相談事かい? あの看板ね、徳川吉宗公が町火消を作ったときに書いたそうなんだ。だから大切にしているよ。もちろんこのとおり、今でも何でも相談所」
数馬は、頭(かしら)に西郷の首を刎ねたこと、いま悩んでいることを打ち明けた。頭は、否定せず、ただ頷きながら聞いた。
「カズさん。人生は“出会いと別れの繰り返し”だと思うよ」
続けて、
「カズさんは、西郷さんの首を刎ねたことを後悔している。俺は刀のことはよく分からないけど、武士の魂って言うだろ。つまり、西郷さんの魂はカズさんの刀に宿っている、そう思うよ。研ぎ師はどう思ったか知らないけど、これは研いではいけない刀だと思ったのではないかね。断られて良かったんだよ。綺麗に研いでしまったら、魂もきれいに消えてしまう。カズさん、その刀は大事にしなくちゃ。生涯、刀と一緒に暮らすんだ。カズさんの魂はもちろんのこと、西郷さんの魂を消さないためにもね。刀と一緒に天寿を全うする、亡くなった人の分も生きる。これが大切だと思うよ、俺は」

数馬は涙目になり、鼻水をすすりながら、
「頭…、私は… 私は…」
「カズさん、鉄舟さんが匿ってくれたんだろ。いい友達がいるじゃないか。もちろん俺だって友達だと思っているよ」
「頭… 私は… 私は……」
「泣きたいときは思いっきり泣けばいいんだよ。そのほうがかえって気持ちがすっきりするさ」
「頭… 私は… 私は……」
「カズさん、一つだけ言っておく。自害だけは許さないからな! 来週、一緒に酒でも飲もう。麹町(こうじまち)にいい店があるからさ。奢るよ」

頭は相談を受けながら考えていた。こうして何か約束事をすれば、自害はしないだろうと…… 数馬は友達を裏切らないだろうと……

※(13)ろ組の用心棒 https://kazuma4813.hateblo.jp/entry/2024/01/19/012324